反怖謙一の「ABC」通信 教えることは、教わること

ABC通信は、日々の気づきや学びを基に、物事の根本や本質について忘備録的に書き綴ったものです。ABCは、A(あたりまえのことを)、B(ぼんやりせずに)、C(ちゃんとやる)の略で、私自身の座右としているものです。



人間は、誰からも導かれずに自然と立派に成長するという能力はもっていません。教えられなければ、気づくことはできず、知らないものは欲しがれないのが人間です。故に、どうしても教育というものが必要となります。


その教育の原点は、教える側の情熱が教わる側に伝染し、その結果、大いなる自主的な学びの姿勢が醸成され、教育という実を結ぶことです。かつて吉田松陰は松塾(しょうかそんじゅく)の塾生に対し、教育の本質は「共育」であるとの自らのスタンスを明らかにしました。教える側が教わる側と平等な立場で、ともに学び、成長し合う。この視点は重要で、教える側は教えることで学ぶことが多く、学ぶからこそ教えることもできるというものです。


中国の古典『書経』に「教半(きょうがくなかば)す」という言葉があります。教えるは学ぶの半ば。つまり、人に教えるということは、半分は自らの学びにもなるということです。まさにこれなのです。このスタンスがあればこそ、不出来な相手ほど、自分にさまざまな指導法を試させてくれる(自らの教育能力を磨いてくれる)ありがたい存在なのだという、尊い思いにも至れるというものです。


このスタンスのもとで、「この人は必ず立派に成長する可能性を秘めている」、「この人を立派に成長させずにはおくものか」との愛情ほとばしる、本気、本腰、真剣な教える側の熱意と覚悟が生まれます。それに対して教わる側が、自分に対してこれほどまでに熱く尊い関わりをしてくれることを意気に感じ、その結果として確固たる自主的な学びの気構えができ、教学相俟(ま)って成果があがっていくのです。


経営者の皆さんは組織のリーダーとして、繁忙な日々を送っておられることと拝察します。リーダーたる皆さんの役割を大別すると、指揮(判断・決断による組織活動の方向づけ)、統御(とうぎょ:社員の気持ちに変化を起こさせ、心からそうしたいと思うよう導くこと)、統制(経営資源の駆使とコストパフォーマンス実現のためのコントロール)、教育(従業員の人格的な成長とスキルアップ)の4つになるのではないでしょうか。


中でも教育は、どこの組織でも共通の課題です。いくら立派な組織や仕組み、制度をつくっても、それを担い、運用していくのは人間です。デジタルが急激に進化し、無人化やAIが普及する世の中ですが、デジタルだけで人は動きません。人は理屈では動かず、感動・感激といった、心打たれる、心に着火されるもので動くものである以上、アナログこそが、人間を自らの力で行動に駆り立てる源泉となるのではないでしょうか。


このデジタルとアナログは、あたかも車の両輪のように、バランス良く機能しなければなりません。人の営みを実態とする社会において、今後とも仕事は“人と人との語らい”の中から生まれてくる以上、アナログ中のアナログである人間教育は、経営者として人の長たる皆さんご自身の重要な仕事です。教え、かつ闘い、学び、かつ闘う皆さんへの期待は大です。益々のご活躍を祈念しております。



◎「SMBCマネジメント+」2022年10月号掲載記事



プロフィール

三井住友銀行 人事部研修所 顧問(元・陸上自衛隊 陸将 第1師団長) 反怖 謙一

(たんぷ・けんいち)1979年、陸上自衛隊幹部候補生として入校。東部方面総監部防衛部長、陸上自衛隊研究本部総合研究部長、北部方面総監部幕僚長 兼 札幌駐屯地司令、陸将 第1師団長等を歴任。2014年に陸上自衛隊退官後、現職。

受付中のセミナー・資料ダウンロード・アンケート