マネプラ・オピニオン 欠落する「情報回路(インテリジェンス・サイクル)」

本コラム「マネプラ・オピニオン」は、6名の識者の方々に輪番制でご担当頂きます。それぞれがご自身の視点で経営者の方々へのメッセージをまとめた連載コラムです。



予期せぬ災厄は、国家に、企業に、個人にと、ある日突如として襲いかかってくる。だが、現場で対処できることには限りがある。燃え広がる火を必死で消し、被害を最小限に食い止めるのが精いっぱいだろう。


安倍元総理を襲ったテロルがまさしくそうだった。“最後の3秒間”に対する警備当局への批判は未だに収まらない。この悲劇の教訓は、事前に「情報回路(インテリジェンス・サイクル)」が機能していなかったことにあり、詳しく検証してみる必要がある。


個人的な恨みを秘めて社会に潜む一匹狼である“ローンウルフ型のテロリスト”を事前に見つけ出すのは難しい。それは砂浜に埋もれたヘアピンを探すようなものだと言っていい。


しかし、微かなヒントは必ずどこかに顔を覗かせている。インターネット空間を飛び交う文字情報や映像の情報から、完全に遮断されているテロリストなどいるはずがない。


事件が起きた後なら犯行の兆候はいくらでも見つけ出すことができる。9・11同時多発テロのときが、まさしくそうだった。


ハイジャック犯たちが通っていた飛行訓練学校、テロ資金の流れ、Xデーを指令した最後の交信。ハイジャック・テロの決定的な証拠は、膨大な情報の海にまちがいなく紛れていた。


想像すらできない事件が現実に起きるはずなどありえない──そんな思い込みという名の“ノイズ”こそが、忍び寄る災厄の“シグナル”をかき消してしまうのである。


21世紀のいま、膨大なデータの海から災厄の兆候を探し出すAIの技術は飛躍的に進歩した。複数の現場に出没し、恨みを文字に刻むテロリストの存在を探りあてる「情報回路(インテリジェンス・サイクル)」が的確に回っていれば、現場の警備体制は抜本的に強化できたはずだ。


磨くべきは大きな組織を率いるリーダーのインテリジェンス感覚なのである。


◎「SMBCマネジメント+」2022年9月号掲載記事

プロフィール

外交ジャーナリスト 作家 手嶋龍一

NHK政治部記者を経て、1987年からワシントン特派員としてホワイトハウス・国防総省を担当し、東西冷戦の終焉に立ち会う。湾岸戦争では最前線で従軍取材。ドイツ支局長を経て、ワシントン支局長を8年間にわたって務める。この間、9.11同時多発テロ事件に遭遇し、11日間の昼夜連続の中継放送を担った。2005年にNHKから独立後は、慶應義塾大学教授としてインテリジェンス戦略論を担当。著書に『ウルトラ・ダラー』、『スギハラ・ダラー』、『鳴かずのカッコウ』など多数。

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