反怖謙一の「ABC」通信 自己アピール
人間は、自分がよく知らない人を実際より低く評価する一方、相手のことを知れば知るほど、相手に好意をもつ生き物と言われます。となれば、自分を知ってもらい、自分に対して好意をもっていただくことは、生き残りの条件であり、かつ自分の力を100%発揮する環境づくりとなります。故に、自己の能力を周囲に対してアピールすることは自然なことであり、奨励されてしかるべきものです。
しかしながら気をつけなければならないのは、自分を積極的にアピールしようと頑張れば頑張るほど、自分の態度や考え方が自己中心的になるおそれがあるということです。特に会社という組織の中で行動している場合、「自分さえ良ければいい」という発想は通用しません。
確かに、会社は社員にとって自己実現の場でもあります。自分らしさを出すことは何より楽しいことです。でも、それは決して自分勝手に働くことではありません。まず組織あっての自分であり、組織が健全に機能していなければ、個人にチャンスが与えられることはありませんし、個人が自分らしさを発揮することもできません。
自分らしさを出したいのなら、まずは組織全体が良い方向に進むような形で貢献しなければならないでしょう。つまり、組織のためにならない行動は、結果的に、自分のためにもならないことを知らねばならないということです。これを自覚していない人が自己アピールを積極的にやり始めると、単なる我儘(わがまま)だけの自己主張になりかねません。
会社内に限らず、自分のメリットしか目に入らない人は、どこでも他人から信頼されません。他人のメリットが目に入らないような人間とは、いくらつきあっても損ばかりすることになるのですから、当然です。仮に自分に与えられた仕事に全力で取り組み、たとえ良い結果を出せたとしても、それによってほかの場所でのマイナスを生む原因になっていたとしたら、誰もその仕事ぶりを評価しないでしょう。会社の仕事は連携プレーが大切であり、それを無視すれば、実際にそういうことが起こり得ます。
野球で言えば、守備範囲の境界線付近に飛んできたボールは、お互いに声を掛け合って受け損ないを防止するような連携プレーがとても大切です。もし、自分勝手に守備範囲を限定し、そこに飛んできた難しいボールの捕球(華々しいファインプレー)以外には目もくれないというのでは、監督は怖くてそんな選手に大切な仕事を任せることはできません。そういう人がファインプレーをしたとしても、決してそれは自己アピールにならず、かえって自分勝手というレッテルを貼られ、周囲のみんなから愛想を尽かされてしまうでしょう。
従って、自己をアピールしようと思えば、まずは組織全体を視野に入れて行動することが大切です。全体の中で自分に何ができるかを考えなければ、アピールの仕方そのものが見当違いなものとなってしまいます。全体像を俯瞰(ふかん)して組織貢献を優先する自己アピールこそが肝要です。
◎「SMBCマネジメント+」2022年8月号掲載記事
プロフィール
三井住友銀行 人事部研修所 顧問(元・陸上自衛隊 陸将 第1師団長) 反怖 謙一
(たんぷ・けんいち)1979年、陸上自衛隊幹部候補生として入校。東部方面総監部防衛部長、陸上自衛隊研究本部総合研究部長、北部方面総監部幕僚長 兼 札幌駐屯地司令、陸将 第1師団長等を歴任。2014年に陸上自衛隊退官後、現職。