反怖謙一の「ABC」通信 組織と役割

ABC通信は、日々の気づきや学びを基に、物事の根本や本質について忘備録的に書き綴ったものです。ABCは、A(あたりまえのことを)、B(ぼんやりせずに)、C(ちゃんとやる)の略で、私自身の座右としているものです。



最近よく依頼されるのが、役職定年や中途採用などで年上部下をもつこととなり、戸惑う新任管理職の人たちとの懇談会です。後輩上司と先輩部下の間に横たわる不安や不満にどう対処していけばよいのか、なかなかの難問です。


困った先輩部下に関する悩み相談でよく耳にするのは、表向きは同意するけれど動かない、「管理職になれなかった俺に値打ちはない」とに斜(しゃ)に構える、指示を理解できず自己解釈で突っ走る、などです。ではどうすればよいのか? 後輩上司、先輩部下にとっても、唯一の解決の糸口は「己の役職を、純粋な役割分担意識でとらえ直し、その役割遂行に努める」ことだと私は思います。


仏教では、世の中は“網”のようなものであり、自分という存在はその中の“網の目”のようなものだ、とする考え方があるそうです。私たち一人ひとりは、鳥や獣を捕獲する網の目の一つです。


ゆえに、どこか一部でも隣の網の目との関係が成立しないと、網の目として存在できません。そのため、網の目同士の本質的な関係性は、自然の摂理の一つ「やまびこ」のように、与えれば与えられる与え合いの関係となります。


まずは、己の働きや持ち分をもって、他に与えた(利他のサービス)結果として、他者から何かを与えられる。それによって、己の才能や能力を磨き出し(自利のトレーニング)、自らを高め、深め、広げていく。こうした、自利利他円満の相互循環を経て、網の目同士が社会に光を当てられるまでに光り輝く存在になっていくというものです。


私たちの世界の本質は、地上に網を広げたような、水平(横)の関係です。しかしそれだけでは、上下に差がないと水が流れないように、物事が何も動きません。そのため、現実世界では、網の真ん中をつまみ上げたときのように、網の目同士に上下(縦)関係が生まれます。上下の差によって機能性が生まれ、物事が進化、発展していきます。組織にはっきりとした上下関係をともなった厳格な秩序が設けられているのは、組織を能率的に動かすためであり、本質的に、それは方便(便利な方法)、手立て、ツールなのです。


この秩序のもと、会社では分掌規程をもって、各役職の役割などが明文化され、運営されています。社会や組織は、役割を通じて人々の行動を規制し、人々は役割を演じることによって社会や組織を構成・変容すると言います。


かつて本田宗一郎氏が「課長、部長、社長も、包丁、盲腸、脱腸も同じだ」※と看破されましたが、まさに、社長も会社のためにある存在、機能なのだということが理解できます。


したがって役職や肩書とは、仕事の呼称、役割分担を明確にするためのものであり、決して個人が頑張ったご褒美などではなく、仕事や会社を発展させるものなのです。いわば、役職や肩書は、会社からの一時的な借り物、ゆえに主役を命じられたら主役を演じ、脇役を命じられたら名脇役を演じればよいのであり、これができる人こそが組織内で尊敬されるのです。上司・部下の違いは、唯一、役割なのであり、この認識のもと、互いの敬意と感謝が解決のポイントなのでしょう。


※『本田宗一郎 「一日一話」──“独創”に賭ける男の哲学』 PHP研究所 編、PHP文庫、1988年


◎イラスト/遠藤宏之

◎「SMBCマネジメント+」2022年3月号掲載記事

プロフィール

三井住友銀行 人事部研修所 顧問(元・陸上自衛隊 陸将 第1師団長) 反怖 謙一

(たんぷ・けんいち)1979年、陸上自衛隊幹部候補生として入校。東部方面総監部防衛部長、陸上自衛隊研究本部総合研究部長、北部方面総監部幕僚長 兼 札幌駐屯地司令、陸将 第1師団長等を歴任。2014年に陸上自衛隊退官後、現職。

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