会社を成長させる「新・経営幹部の条件」 新しいリーダーに必要なのは、 「対話」と「越境」 そして「学び直し」

現在、DXの推進や働き方改革など、官民あげて新たな取り組みが行われている。変化の大きい時代、自社を成長させる経営幹部に求められる条件とは何か。旧来の日本型リーダーから脱却し、「新しいリーダー」になるための課題、成長のヒントについて、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 特任教授の梅本龍夫氏と法政大学経営学部教授の長岡健氏に対談していただいた。



対談者紹介



慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 特任教授

梅本 龍夫(うめもと・たつお)

1956年東京生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。日本電信電話公社(現・日本電信電話株式会社)入社後、社内留学制度を利用してスタンフォード大学ビジネススクール修了(MBA)。ベイン&カンパニー、シュローダーPTVパートナーズ株式会社を経て、株式会社サザビー(現・株式会社サザビーリーグ)の取締役経営企画室長に就任。同社の合弁事業、スターバックス コーヒー ジャパンの立ち上げプロジェクトの総責任者を務める。2005年に退任し、同年有限会社アイグラム、2011年に株式会社リーグ・ミリオンを創業。サザビーリーグ退職後もコンサルタントとして10年間、同社が展開するブランドの企画などに携わる。株式会社フォーラムエンジニアリング社外取締役、スミダコーポレーション株式会社社外取締役。



法政大学経営学部 教授

長岡 健(ながおか・たける)

慶應義塾大学経済学部卒業、英国ランカスター大学大学院・博士課程修了(Ph.D.)。専攻は組織社会学、経営学習論。組織論、社会論、コミュニケーション論、学習論の視点から、多様なステークホールダーが織りなす関係の諸相を読み解き、創造的な活動としての「学習」を再構成していく研究活動に取り組んでいる。現在、アンラーニング、サードプレイス、ワークショップ、エスノグラフィーといった概念を手掛かりとして、「創造的なコラボレーション」の新たな意味と可能性を探るプロジェクトを展開中。著書に『みんなのアンラーニング論』(翔泳社)、共著に『企業内人材育成入門』『ダイアローグ 対話する組織』(ともにダイヤモンド社)、『越境する対話と学び』(新曜社)などがある。


経営者に求められるのは「会話」ではなく、「対話」のスキル


梅本 経営者がもつべき視座は、ミドル層(中間管理職)までとは大きく異なります。それを理屈でわかっていても、いざ立場が変わったとき、誰もがその視座に立てるかというと残念ながらそうではありません。


長岡 一つには「会話」と「対話」の問題がありますね。他者との信頼関係を築く上で会話は非常に有効ですが、それはミドル層と部下の関係のように、相手と面識があって同じ時間や同じ場所を共有できることが前提です。経営者や経営幹部になると、すべての社員と膝を突き合わせて話すことはできません。


梅本 特に経営者は全従業員、ステークホルダー、あるいはパブリックに向けて発信しなければなりません。ところがインフォーマルな場で一対一で関係性を築く方法を得意としてきた日本人には、パブリックスピーキングは馴染みの薄いもので、スキルも経験も不足しています。


長岡 会話と対話の違いに関して、劇作家の平田オリザさんが次のように書かれています。「会話とは知っている人同士がリラックスしたムードで行うもの、対話とは知らない人同士もしくは面識があっても意思の疎通が取れていない人同士が、意見や価値観の違いを認識し理解し合うコミュニケーションである。そして日本人は、会話はうまいが対話ができない」と。(参考:平田オリザ『わかりあえないことから』講談社)


日本人のコミュニケーションは、会話ができる親密な関係を構築するところから始まっています。違いは違いとして理解はするが共感はしないという、欧米人のコミュニケーションとは隔たりがあります。


梅本 多様性の中から新しい価値が生まれてくるのが対話だということですね。しかし日本人は、相手と対峙することを避けがちです。共通の話題で盛り上がって同質化していくことをコミュニケーションととらえる文化では、対話は生まれにくいでしょう。企業の中では、ともに働き同質化した人たちが下から上がって役員、取締役へと至る構図があり、それが今日、ボードメンバー(取締役)に求められる条件との間に、大きなズレとなっています。


長岡 例えば10人の部門であれば、部下は上司の日頃の仕事ぶりを見ているので、上司のメッセージを言葉以外からも自然と受け取っています。ところが、経営者クラスの働く姿は個々の社員から見えません。職位が上がった途端に、会話ではなく対話によるコミュニケーションが不可欠になるのです。しかも壇上から発する言葉だけが彼らとの接点で、それが唯一のコミュニケーションであるという覚悟が必要となります。


梅本 会話による意思のすり合わせはもはやできず、限られた機会の中で自分の言葉で語ること、そこに真実を込めることが求められます。視座を上げるときにそれまで培ってきた経験とは別に、学び直しが必要になるわけですね。


どんな小さな組織だろうとリーダー、特に経営トップは、明確なメッセージやビジョンを打ち出す必要があります。私たちはここに到達したい、だから一緒に行きませんかと。それがクリアでロジカルであるとともに心に響くものであることが、話の上手、下手よりもはるかに大事な条件です。



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いかなる場面でも自分の言葉で語る覚悟をもつ


長岡 公の場ではシャンシャン(予定調和)で型にはまった話をし、夜の宴会で限られたメンバーだけに本音を話すという、古いタイプの悪しき慣習があります。

梅本 建前と本音の分離が許されたのは昔の話です。発信したことはすべて本気であるということを貫けるかどうかが、これからの経営の根幹となります。

長岡 ところがビジネスシーンでは、若手のうちは本気で話す場面、つまり対等の立場で本気の議論を交わす機会があまりないんですね。ボードメンバーになった途端に、訓練できていないまま、本気で話すこと、忖度(そんたく)なしに議論することを求められるわけです。

梅本 取締役は内部昇格で、事前に稟議が行われて決めるべきことはすでに決まっている、いざ取締役会が始まると皆、黙っている。こうした従来の形式は、もはや通用しなくなってきています。

東京証券取引所は、3分の1は社外の人を入れましょう、女性取締役を選任しましょう、国際性、職歴、年齢の面を含む多様性を確保しましょう、といったガイドラインを出していますが、では本当にそうなったときに、はたして社内の人間は本気で議論ができるのか。これはボードに限った話ではないんですよ。上から変わっていかなければ、同じ構図が下の階層でも起こるでしょう。

長岡 公の場で本音を語ることに関して私が非常にリスペクトしているのが、法政大学前総長の田中優子さんです。彼女は、メッセージを届けるのが総長である自分の役割だと自覚して、裏表なしにすべてを公の場で話すという姿勢を貫きました。

最後の卒業式では約10分間、自分の言葉で力強いメッセージを、原稿もなしに語りました。その場にいた誰もが聞き入ったのは、彼女が本気で語っているのがわかったからです。公の場で話すということと、メッセージが明確だということは、実は表裏一体の関係にあると思います。

梅本 誰がまず本気の言葉で語り、誰がどうやって変えていくか。これから経営幹部になろうという志をもって頑張っている人たちには、現状の経営に従順にならず理想の形を目指してほしいですが、個人でできることには限りがあるし、取締役や執行役員といっても勤め人である以上、リスクもあります。

長岡 価値観やマインドセットも大事ですが、やはりトレーニングが圧倒的に足りないと思います。例えば、名刺交換をするとすぐ、共通の知り合いの話など意気投合できそうな話題をもち出す。共通項を探す安易なコミュニケーションに慣れすぎています。

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