マネプラ・オピニオン イノベーションに真に必要なこと(田中 優子)

本コラム「マネプラ・オピニオン」は、6名の識者の方々に輪番制でご担当頂きます。それぞれがご自身の視点で経営者の方々へのメッセージをまとめた連載コラムです。



「科学技術基本法」が「科学技術・イノベーション基本法」となり、今まで対象にしていなかった人文科学を対象に含めた。


新しい基本法の第三条では、「自然科学と人文科学との相互の関わり合いが科学技術の進歩及びイノベーションの創出にとって重要であることに鑑み、両者の調和のとれた発展について留意されなければならない」とある。


人文科学を重視するようになったのは、少子高齢化、人口減少、食料問題、エネルギーの利用の制約、地球温暖化問題その他の人類共通の課題、そして、社会経済構造の変化にともなう雇用その他の分野における新たな課題が生じているからである。


確かに気候変動がもたらす現実は、科学的な事実の追求だけでは乗り越えられない。


社会の仕組みや人々の理解、政策への納得、それらがもたらす行動などがより大きな意味をもってくることは、コロナ禍でも実感したことだ。


この気づきと、それゆえの変更はとても大きな意義のあるもので、確実に政策に生かしていく必要がある。


具体的には、早急な人文社会科学の振興策を提案し実現することだろう。イノベーションつまり変革には創造力の発揮が何より必要だ。


創造力には知的好奇心と、それを十分に発揮できる環境が必須である。


ノーベル物理学賞を受賞した真鍋淑郎さんは、強い好奇心によって研究を続けていらした。米国はその真鍋さんに、自由な研究環境を提供した。


そして真鍋さんは日本に帰らない理由として「調和の中で暮らすことはできない」と語ったという。調和はときに「忖度(そんたく)」となる。忖度はドイツ語で「先取り的服従」と表現するらしい。確かに服従の中では好奇心も創造力も発揮できない。


憲法は一項目を設けて「学問の自由は、これを保障する」としている。学問そのものが自由な相互批判の中で、数千年にわたって新たなイノベーションを生み続けてきた。


いっときの政権がそれを縛ることがあってはならない。とりわけ人文社会科学者の力を削ぐことは、基本法の新しい出発に矛盾し対立する。


◎「SMBCマネジメント+」2021年12月号掲載記事

プロフィール

法政大学 前総長 田中 優子

(たなか・ゆうこ)1980年度より法政大学専任講師。その後、助教授、教授。2012年度より社会学部長。14年度より総長。21年度より名誉教授、江戸東京研究センター特任教授。専門は日本近世文化・アジア比較文化。研究領域は、江戸時代の文学、美術、生活文化。『江戸の想像力』、『江戸百夢』、『カムイ伝講義』、『未来のための江戸学』、『グローバリゼーションの中の江戸』、『布のちから』、『江戸問答』など著書多数。サントリー芸術財団理事。TBS「サンデーモーニング」のコメンテーターも務める。

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