特集 ― 医療・防災産業育成のすすめ 【総論】コロナが示した日本の医療・防災産業が進むべき道
特集 医療・防災産業育成のすすめ 記事一覧
【総論】コロナが示した日本の医療・防災産業が進むべき道【実践編】医療・防災産業を全国に広げ、中堅中小企業が参画するために
【CASE01】98%の循環再利用を実現した、小さな“水インフラ”
【CASE02】未曽有の事態でも、医療提供が継続できたその理由
戦後の日本は工業生産力モデルの優等生として、産業力で豊かな国をつくることを目指してきました。付加価値の高い鉄鋼、エレクトロニクス、自動車の基幹産業で外貨を稼ぎ出し、付加価値の低い分野には投資せず、海外に任せるという国際分業。時代背景を考えれば、決して間違った政策だったとは思いません。
しかし、SDGsや温暖化対策が世界の課題とされる今後は、国民の安全と安心を図るための産業構造で日本を引っ張っていくという考え方が求められます。
そもそも経済とは「経世済民(けいせいさいみん)」という言葉から生まれたもの。民が潤い、民が安全・安心を享受できて初めて産業と呼べます。その意味で医療・防災産業を日本の産業基盤に据えることは理に適ったものなのです。
イノベーションだけでなく、産業の新しい基盤をつくり直す
本題に入る前に、日本経済の現状に少し触れておきましょう。日本の経済や産業を議論するときに大事なことは、「健全な危機感」をもつことです。ここ数年、日本経済は順調に成長していると多くの人が信じていました。新型コロナウイルスはその幻想を打ち壊し、世界経済の中で埋没していく長期構造的な日本経済の本質をあぶり出しました。
日本の埋没は2つの東京オリンピックの背景となる社会構造の変化をもとに考えると明らかです(図表1)。1964年、日本のGDPが世界のGDPに占めた比重は4.5%に過ぎませんでした。その30年後、94年には17.9%を占めるも、2020年は6.0%にまで低下。それどころか、30年には4%台に落ち込むのではないかとさえ言われています。
12年から始まったアベノミクスでは20年度の日本の名目GDP目標を600兆円としました。ところが実際に創出したGDPは536兆円。これは1996年度とほぼ同水準です。それにもかかわらず、日本の経済計画では2030年度に663兆円を目指すとしています。約130兆円もの金額をこれから10年で積み増す必要があるのです。
21年6月に経済産業省が大変意欲的な産業政策の新機軸を発表しました(図表2)。イノベーションを誘発し、政府が主導的役割を果たして産業をリードしていくなどまっとうな試みです。この新機軸は、産官連携で、大規模な財政出動をともなってもイノベーションを促していかなければいけないという考え方が背景にあります。
もちろん、イノベーションは大事ですが、同時にこれからの日本の産業力を高めるファンダメンタルズも無視できません。産業構造のパラダイム転換を目指し、日本の産業の新しい基盤をつくり直す考え方が必要です。
潜在力が大きい日本の医療・防災産業
21世紀の産業として大いに注目すべきなのが、医療・防災産業です。これは今回のコロナ禍で得た教訓でもあります。
一般財団法人日本総合研究所では20年4月、日本医師会などの協力を得て、わが国の医療産業に係る緊急ファクト調査を実施しました。そこで驚かされたのは、日本の医療現場を支える医療器具、医療用消耗品の大半を海外に依存している実態。例えばマスクは8割、防護服にしてもほぼ輸入品でした。
人工呼吸器等も、日本企業は海外メーカーの代理店となっている場合が大半です。今回のようなパンデミックが起こると、どの国もまずは自国を優先し、余ったものしか輸出に回しません。
医療・防災など国民の安全に関わる分野の製品については問題意識をもって、ある程度は国産化を図っておかなければなりません。
「災害列島」とも言える日本は、一度腰を落として防災力を高め、医療・防災産業を日本の基幹産業にするくらいの問題意識をもつことが必要でしょう。国内の技術を集約し、医療・防災に関する「新産業を創生」すれば、日本経済を支える新たな基幹産業に育つ潜在力があるはずです。
そのため、一般財団法人日本総合研究所は21年2月、「医療・防災産業創生協議会」を立ち上げ、4月から本格的な活動を開始しました。医療と防災を新たな基幹産業と位置づけ、防災力・産業力を高めるための大きな構想を視界に入れたものです。
国民の安全・安心と幸福のための具体的なプロジェクトの実装を多彩なパートナーと推進し、医療・防災産業の創生を通じ、わが国の再生に向けて積極的な活動に取り組む方針です。
一般財団法人日本総合研究所会長の寺島実郎氏
6月には「医療・防災産業の創生に向けた提言(中間とりまとめ)」を作成・公表しています。この提言は、短期、中期、長期の時間軸で取りまとめ、それぞれ3年、5年、10年を目処に達成する計画です。
短期は、先進事業の社会実装の視点で、①高機能・多用途コンテナを軸とした事業展開、②医療・防災に関するデータの集約とビジネス・マッチングなど。
中期は、制度設計の視点から、①実効性の高い産業振興施策等の実施、②オールハザード・アプローチに基づいた危機管理法制の見直しなど。
長期では、社会のあり方の変革の視点から、社会的包摂と危機管理の両立メカニズム構築による地域活性化に取り組む方針を掲げています。
共鳴して一緒に動いてくれる企業も、規模を問わず増えてきました。また7月には協議会をバックアップする議員連盟が超党派によりつくられました。
医療・防災産業創生の取り組みは日本の産業構造をどう変革するかという問題意識の中から生まれたものです。現在の日本の産業構造は医療・防災だけでなく、食と農など生活の基盤に弱みがあります。それでいて、DXやグリーン(環境)などの「イノベーション」を指向する傾向が強い状況です。
これからはファンダメンタルズを視界に置き、それを強化して盤石の体制を築いた上で、グリーンやデジタルを生かしていく発想が必要でしょう。
PROFILE
寺島 実郎(てらしま・じつろう)
一般財団法人日本総合研究所 会長、多摩大学 学長
1947年北海道生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了後、三井物産株式会社入社。米国三井物産ワシントン事務所所長、三井物産常務執行役員、三井物産戦略研究所会長等を経て、現在に至る。国土交通省・国土審議会計画推進部会委員、経済産業省・資源エネルギー庁総合資源エネルギー調査会基本政策分科会委員等、国の審議会委員も多数務める。主な著書に『日本再生の基軸』(岩波書店)、『ジェロントロジー宣言』(NHK出版)など。
◎取材・文/加藤年男 撮影/寺澤洋次郎
◎「SMBCマネジメント+」2021年10月号掲載記事
プロフィール
SMBCマネジメント+編集部
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