反怖謙一の「ABC」通信 二宮尊徳に学ぶ
日本人の誰もが知っている二宮尊徳(金次郎)さん、その業績を知れば知るほど、ぜひともNHK大河ドラマで採用してほしいなと思います。
思想家、経済学者、農政家とも言われる彼の中心思想である「至誠」を基本とした「勤労」「分度(ぶんど)」「推譲(すいじょう)」の実践の考え方は、コロナ禍という国難の現下、新たな仕事や生活態様の創造と適用化に向けての普遍の指針、道標となるのではないかと密かに思い、影響力絶大なテレビ番組、それも予算や人力をたっぷり投入して丹念に制作される大河ドラマでの放送を心待ちにしている次第です。
ところで、彼の思想の奥深さは浅学非才な私には到底及ぶべきもないところですが、放送実現の折には、私なりにこう受け止められたらいいなと思うところがあります。
まず、「至誠」です。真心をこめて、いま自分の目の前にある役割を己が使命と心得て、全身全霊をもって打ち込む。そして、自分はいつも足りない、至らない、未熟であることを恥じつつ、これを原動力に、どこまでも天井知らずに高みを目指し、努力精進する心構えです。
これを内面の底流に猛烈に轟々と流しつつ、その流れに乗って、勤労、分度、推譲という“三艘の船”を整斉と雄々しく進ませながら、偉大な業績を果たしていくイメージです。
各船の様子はこうです。“勤労船”は、「人間が幸福であるために避けることのできない条件は勤労である」(トルストイ)、「職業とは、人間各自がその『生』を支えるとともに、さらにこの地上に生を享(う)けたことの意義を実現するために不可避の道である」 (寺田一清 編『森信三一日一語』致知出版社 2008年)の箴言が示すように、物質的充足と精神的安定を得て幸福であるための唯一の手段、方法です。
そして、その勤労の正しいやり方が“分度船” “推譲船”という具合です。
“分度船”は、分相応の戒めです。分とは、分際、分限とも呼ばれ、己独特の働き、自らが培ってきた自身の持ち分です。
この分を知り、分を心得、わきまえて、何ごとも身を低くして謙虚になることで、水が低い所へ流れるように、いろいろなありがたい人や物、事柄が流れ舞い込んでくる、とてもお得なやり方です。
“推譲船”は、彼の「たらいの水」の例えが端的に教えます。私なりに要約すると、以下の通りです。
「人間は皆、最初は財産も能力も何ももたずに、空っぽのたらいのような状態で生まれてくる。そして、そのたらいに自然やたくさんの人達が水を満たしてくれる。その水のありがたさに気づいた人は、他人にも水をあげたくなり、誰かに幸せになってほしいと、水を相手のほうに押しやろうとする。すると水はたらいのへりに沿って必ず戻ってくる。
幸せとは、自分はもう要らないと他人に譲っても、やがて必ず自然に戻ってくるものだ。でも、その水を自分のものだと考えたり、水を満たしてもらうのを当たり前と錯覚してかき集めようとすると、幸せは向こうへ逃げていってしまう。まさに、独り占めしようとすると幸せは逃げ、他人に分け与えると、結局は自分に戻る」※
至誠、勤労、分度、推譲のどれもが、実に当たり前で普遍の「自然の摂理」そのものです。
※参考:中桐万里子『二宮金次郎の幸福論』致知出版社 2013年
◎イラスト/遠藤宏之
◎「SMBCマネジメント+」2021年9月号掲載記事
プロフィール
三井住友銀行 人事部研修所 顧問(元・陸上自衛隊 陸将 第1師団長) 反怖 謙一
(たんぷ・けんいち)1979年、陸上自衛隊幹部候補生として入校。東部方面総監部防衛部長、陸上自衛隊研究本部総合研究部長、北部方面総監部幕僚長 兼 札幌駐屯地司令、陸将 第1師団長等を歴任。2014年に陸上自衛隊退官後、現職。