Netpress 第2521号 何がリスクで何がヘッジか 外国為替のリスク対策と会計実務について

Point
1. 為替リスクのヘッジというのは、実はそもそも困難(ほとんど無理)なものです。
2. 長期予約をすればすべて安全というわけでもありません。
3. 為替リスクとそのヘッジが、会計上どのように表現されるのかを解説します。


吉成コンサルティング
代表取締役
吉成 英紀

1.為替リスクのヘッジとは?

 為替レートの変動により大きな影響を受ける日本企業はたくさんありますが、為替リスクのヘッジというのは、実はそもそも困難(ほとんど無理)なものです。どういうことでしょうか?


 たとえば、石油(元売)会社をイメージしてください。


 石油会社は、主に中東から原油を買ってきて、国内の製油所でガソリンなどの石油製品を精製し、ガソリンスタンドを経営する全国の石油販売ディーラーに(卸売り)販売します。


 原油の仕入コストは、原油相場の変動と、円ドルの為替レートの変動によって随時変動します。


 いま、議論を単純化するため、原油相場変動はいったん無視することとし、為替レート変動についてのみ考えることにしましょう。


 為替レートが円高になれば仕入コストは安くなり、円安になれば高くなります。


 もし石油会社が販売ディーラーに売る価格(仕切り価格)が固定されていたら、円高になると石油会社は大いに利益を上げ、円安になると損失がふくらむでしょう。


 そうなると、場合によっては石油会社が倒産し、石油製品という生活必需物資の安定供給ができないことになりかねません。


 そこで昔から行政指導の下、為替レートの変動は月次などのタイミングで、石油会社から石油販売ディーラーへの仕切り価格に価格転嫁する仕組みが存在してきました。そして石油販売ディーラーはその変動を、ガソリンなどの店頭価格に価格転嫁してきました。


 つまり、最終的に為替レート変動のリスクは国内の消費者が負ってきたといえます。これは石油資源を持たない国民が宿命的に負うべきリスクとも解釈することができます。


 このように仕切り価格への価格転嫁が有効に機能している間は、石油会社は為替リスクを負っていません。何もしないことが「ヘッジされていること」になります(local natural hedgeといいます)。


 そのような時に、為替予約などをして原油購入時の為替レートを固定化する行為をしたら、もともと無かったリスクを新たに生み出す行為となり、投機的取引といえます。


 しかし、販売市場の動静などにより、仕切り価格への価格転嫁が有効に行われなくなる時があります。


 そういう時、石油会社は為替レート変動リスクを自ら背負うことになります。仕入側だけが為替リスクを負っているので、ここでは「片側リスク」と呼びましょう。


 その場合、購入時の為替レートを固定する為替予約をすれば、ヘッジになるのでしょうか? つまり、危険は無くなるのでしょうか?


 仕入側だけが為替レート変動にさらされる「片側リスク」は、石油会社だけでなく、さまざまな業種の日本企業で見受けられる構造です。


 たとえば、牛丼チェーンにおける米国産牛肉の輸入もそうですし、航空会社が米国から航空機の購入代金を支払うのも米ドルです。


 為替予約をすれば、仕入時から決済時までのレート変動のキャッシュフローへの影響は回避することができます。そして会計上の為替差損益はゼロになります。


 しかし、次の仕入時までのレート変動の影響は回避できていません。為替レートが、たとえば1ドル80円から160円になる大きな波には乗ったまま、毎回の仕入時と決済時との小さなタイムラグのレート変動を、つどつど固定化しているにすぎません。つまり、大きな波のリスクは決済時を期日とする為替予約ではヘッジできないのです。


 P/Lに為替差損益がないからといって、為替リスクがないわけではありません。


 大きな波の影響は、商品の仕入コストや固定資産の取得原価に算入され、売上原価や減価償却費などに姿を変えて、損益を圧迫することがあるのです。

2.長期予約をすれば安全か?

 では、たとえば10年間にもわたる長期予約をすれば、この大波は回避できるのでしょうか?


 この場合、為替レートの固定化自体は可能です。その意味では狭義の為替レート変動によるキャッシュフローの変動は排除できるといえます。しかし、10年間ものレートの固定化は別のリスクを惹起します。


 1980年代、日本航空は10年の長期予約をした結果、その後の実勢から遠く離れた不利な約定レートで航空機を購入せざるを得なくなり、その後の円高のなかで、機体の減価償却費の名目で計上した損失は当時累計で2,000億円とも報じられました。レート変動のキャッシュフローへの影響は排除することができましたが、「高い買い物をするリスク」を生んだのです。


 これも広義の為替リスクと呼ぶならば、「片側リスク」のヘッジは究極的には不可能です。


 「片側リスク」の会社に安住の地はありません。せめてできることは、これから強くなる通貨で資産を持ち、安くなる通貨で負債をもつことでしょうか。それを人は「投機」と呼びます。

3.為替リスクとそのヘッジは、会計上どのように表現されるか?

 このように、「片側リスク」にさらされた一般事業会社の多くは、経営者の判断によって、「何がリスクで何がヘッジか」を自ら定義するしかありません。


 その定義を「リスク管理方針」に明文化し、それに基づいて「ヘッジ会計」という手法を含む適切な会計処理をすることになります。


 そもそもリスクがない状態の会社が、予約によって新たにリスクを創出したような取引をヘッジと呼んではいけませんし、「片側リスク」の会社が行うヘッジは、経営者の思想によっていろんな形で定義され得ます。ここに会計処理の難しさがあります。


 実は為替リスクに限りません。金利リスクなどでも同様であり、「片側リスク」の会社には、主観的判断に伴う難しさが常に存在するということをご理解いただけるかと思います。


 よって会計判断を行うにあたっては、形式的な要件だけでなく、「そもそも本当にヘッジなのか」「経営者は何をヘッジと考えたか? それは合理的か?」といった本質的な理解が問われるのです。



◎協力/日本実業出版社

日本実業出版社のウェブサイトはこちらhttps://www.njg.co.jp/



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