海外赴任の予備知識 赴任国の労働・社会保険法令の概要-(第1回:タイ)
■はじめに
海外赴任者の労働条件は海外赴任規程で定められます。ただ、就業日や労働時間については「現地の規程の定めるところによる」とすることが通常です。その赴任先の就業日や労働時間は現地の労働法令に沿って決められるものであるため、現地の労働法令について基本的な内容を知っておくことは有用です。このコラムでは日本企業の海外赴任者が多い国の労働・社会保険法令の概要についてシリーズでご紹介いたします。初回は海外在留邦人数5位*のタイです。
*海外在留邦人数調査統計(外務省 2025年)
■労働時間
タイにおいて日本の労働基準法にあたる法律は労働者保護法です。同法で法定労働時間は1日8時間以下、1週間の合計で48時間以下とされています。
休憩については5時間を超えて連続で就労させることはできず、1時間以上の休憩を与えることとされています。休憩はまとめて与えることが原則で、分割する場合は労働者の合意を得る必要があり、また、2時間を超える時間外労働を命ずる場合、その前に20分以上の休憩を入れなければいけないことは日本の労基法にはない特徴的な定めです。
■主な休日
労働者保護法で週休日、慣習としての休日、年次有給休暇が定められています。週休日は1週間に1日以上設定し、一部の業種を除き、週休日と週休日の間隔は6日以内とすることとされています。慣習としての休日とは、政府の告示する休日、宗教や地域の慣習を踏まえて、メーデーを含み13日以上を祝祭日として従業員に事前に周知することとなっています。また、この休日が週休日と重なった場合は翌労働日を休日にする必要があります。タイの2026年の祝祭日は以下の21日です。なお、法令(国民の祝日に関する法律)で定められた日本の祝日は16日です。
1月1日 新年
1月2日 特別休暇
3月3日 万仏節
4月6日 チャクリー朝記念日
4月13~15日 灌仏節
5月1日 メーデー
5月4日 国王戴冠日
5月31日 仏誕節
6月1日 振替休日(仏誕節)
6月3日 王妃誕生日
7月28日 国王誕生日
7月29日 三宝節
8月12日 前王妃誕生日(母の日)
10月13日 前国王記念日
10月23日 チュラロンコン大王祭
12月5日 前国王誕生日(父の日)
12月7日 振替休日(前国王誕生日(父の日))
12月10日 憲法記念日
12月31日 大晦日
(JETRO 世界の祝祭日 より)
■年次有給休暇
1年以上勤務した従業員は6日の年次有給休暇の権利を得ます。日本と違って継続勤務年数に応じて付与日数を増やすことは義務づけられていません。しかしながら、最初の付与日数を6日以上としたり、勤務年数に応じて付与日数を増やしたりする企業は少なくありません。なお、未消化の有給休暇は労使の合意により次年度へ繰り越すことができます。後述のとおり、年次有給休暇については法改正が審議されています。
■その他の休暇
次の休暇が労働者保護法に定められています。法定の年次有給休暇の日数は多くないと言える一方、取得目的ごとに決められた休暇の種類に加えて所定の日数は有給とすることが定められていることの多い点が特徴と言えます。
| ● | 病気休暇:病気を理由として取得できる休暇です。年間30日は有給とすることとされています。 |
| ● | 不妊手術休暇:不妊手術を受けるための休暇で日数は医師の診断により決まります。なお、その期間は全て有給とする必要があります。 |
| ● | 用事休暇:年間3日で、私用のために取得できるという取得目的の広い休暇です。 |
| ● | 兵役休暇:兵役に関する法令による訓練等のための休暇で、60日は有給とする必要があります。 |
| ● | 研修休暇:専門性向上等を目的として、労働省令で定められた研修の受講や受験のための休暇です。有給とすることは義務づけられていませんが、18歳未満の従業員については年間30日まで有給とすることとされています。 |
| ● | 労働組合員としての休暇:労働組合の委員としての活動のために認められた休暇で、これも有給とすることとされています。 |
| ● | 出産休暇:1回の出産につき120日まで取得できる休暇で、うち60日は有給とする必要があります。また、配偶者が出産する従業員は、出産の支援のために15日を上限として有給の休暇を取得できます。 |
■労働時間に関わる法改正
上述の出産休暇の内容は2025年の法改正に基づくものです。改正前は、休暇の日数が98日、うち45日が有給とされていました。また、配偶者の出産支援の休暇15日もこの改正で新設されたものです。
なお、週の法定労働時間を40時間に、年次有給休暇については1日以上の勤務で10日の付与とする改正案が審議されています。
■賃金
賃金は現金での支払いが原則で、金融機関への振込などその他の方法を取る場合は従業員の同意を得る必要があること、通貨はタイの通貨であること、少なくとも月に1回は支払うことなど日本の賃金支払いの原則と類似しています。また、労働者保護法に定められた時間外労働の賃金の割増率は次の表のとおりです。
| 項目 | 割増率 | |
| 時間外労働 | 150% | |
| 休日労働 | 休日に賃金が発生する場合 *1 | 100% *2 |
| 休日に賃金が発生しない場合 *1 | 200% | |
| 休日時間外労働 *3 | 300% | |
*1 「休日に賃金が発生する/しない」とは、前者は月給制など、後者は時給制、日給制などのことをいいます。
*2 休日の賃金(100%)と合計すると200%になります。
*3 休日にも所定労働時間の概念があります。
割増率が150%や200%という割増率は日本に比べて高いように感じますが、基礎となる時間あたりの賃金は、月給制で1日の所定労働時間が8時間の場合、次の計算になります。
時間あたり賃金=月の賃金÷30日÷8時間
一律で30日を固定にして割るので時間あたりの賃金には休日も含まれていることになります。日本のように1か月の平均所定労働時間等で割って算出する時間あたりの賃金とは水準が変わるため、割増率だけを見て日本よりも高く設定されているということはできません。
■社会保険
タイの社会保険は1990年成立の社会保障法によって定められています。同法の給付は傷病、障害、出産、死亡、子女扶養、老齢、失業を対象としており、日本の社会保険制度になぞらえれば、健康保険、厚生年金保険、雇用保険に児童手当を加えたものがひとつの法令で定められていると言えます。当初は一定数以上の従業員がいる事業所に加入が義務づけられていましたが、現在は全ての事業所が対象で、外国人も強制加入になります。なお、日本とタイの間に社会保障協定は締結されていませんので、日本からの赴任者は日本の社会保険制度の継続とタイの制度の二重加入になります。
なお、保険料は被保険者、事業主、政府が、次の表のとおり、賃金に対するパーセンテージで拠出することになっています。
| 被保険者 | 事業主 | 政府 | |
| 傷病、障害、出産、死亡 | 1.5% | 1.5% | 1.5% |
| 子女扶養、老齢 | 3.0% | 3.0% | 1.0% |
| 失業 | 0.5% | 0.5% | 0.25% |
| 合計 | 5.0% | 5.0% | 2.75% |
■社会保険制度に関わる法改正
社会保険料算定の月額賃金の上限が引き上げられ、2026年1月から施行されました。以降、次の表のとおり段階的に引き上げられていきます。
| 下限(THB) | 上限(THB) | |
| これまで | 1,650 | 15,000 |
| 2026年1月1日から2028年12月31日まで | 17,500 | |
| 2029年1月1日から2031年12月31日まで | 20,000 | |
| 2032年1月1日以降 | 23,000 |
(THB:タイバーツ)
■労働者災害補償
タイでは労働者災害補償基金(1973年設立)が、業務上の傷病や死亡に対して補償しています。基金に拠出するのは事業主で、労働災害の発生率に応じて料率が決められています。補償の内容は、休業の補償、療養費用、療養後のリハビリ費用、死亡の4種類です。例えば、休業の補償は月給の70%で上限は14,000THBとなっており、1THB=5円とすると上限は70,000円です。日本からの海外赴任者に対する補償水準として十分とは言えず、日本の労災保険制度における第三種特別加入(海外派遣者の特別加入)は必須と言えます。
いかがでしたでしょうか。労働時間や賃金、社会保険制度などについて、類似点や相違点などについて、簡単に読めて、新しい発見になるようなトピックを取り上げたいと考えています。次回はベトナムを予定しています。
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多田国際コンサルティング株式会社 特定社会保険労務士 笠井則宏
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