【元労働基準監督官が解説】 高年齢労働者の安全確保対策の努力義務化と企業の実務対応(令和8年4月施行)
今回の改正により、高年齢労働者の労働災害防止に向けた指針である「エイジフレンドリーガイドライン」が、法律上の「努力義務」へと格上げされます。
背景には、労働安全衛生法に基づき策定された第14次労働災害防止計画で掲げる「2027年までに高年齢労働者の安全衛生確保に取り組む事業場を50%以上にする」という政府目標に対し、現状が約20%に留まっている実態があります。この目標達成に向けたガイドラインの普及促進のため、今回の努力義務化が決定されました。これを受け、令和7年度地方労働行政運営方針においても、改正法の周知徹底が打ち出されています。
さらに、法施行後は単なる周知にとどまらず、労働基準監督署による行政指導(是正勧告)の対象となります。努力義務とはいえ、今後は企業の取り組みが細かく調査されることも予想されますので、高齢者が安心・安全に働ける環境を整えることは、すべての企業にとって避けて通れない経営課題となります。
1. エイジフレンドリーガイドラインとは?
「エイジフレンドリーガイドライン(高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン)」とは、高齢者の特性に配慮し、働く意欲のある高齢者がその能力を十分に発揮できる職場環境を目指す指針です。
令和2年に厚生労働省から公表されたこのガイドラインでは、
企業が取り組むべき事項として主に以下の5つの柱が示されています。
① 安全衛生管理体制の確立
② 職場環境の改善
③ 健康と体力の状況把握
④ 健康や体力の状況に応じた対応
⑤ 安全衛生教育

2. 高年齢者の労働災害の実態
統計によると、重大な労働災害の約半数が50歳以上の高齢者によるものとなっています。
最大の特徴は、重大な事故だけでなく、転倒や腰痛といった日常動作の中で発生する災害が非常に多い点にあります。

筆者が労働基準監督署にいた当時も、「何もないところで転倒・骨折した。」という事故報告を受けることが度々ありました。加齢による身体機能の低下が、重大な事故につながっているのです。
3. 改正労働安全衛生法第62条の2
法改正により、労働安全衛生法に新たに第62条の2が追加されます。これにより、「高年齢労働者の特性に配慮した措置」を講ずることが事業者の努力義務となります。
★改正労働安全衛生法第62条の2
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(高年齢者の労働災害防止のための措置)
第六十二条の二
事業者は、高年齢者の労働災害の防止を図るため、高年齢者の特性に配慮した作業環境の改善、作業の管理その他の必要な措置を講ずるように努めなければならない。
2厚生労働大臣は、前項の事業者が講ずべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るため必要な指針を公表するものとする 。
3厚生労働大臣は、前項の指針に従い、事業者又はその団体に対し、必要な指導、援助等を行うことができる。
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具体的な運用は、同法第2項の「指針」に委ねられます(※)。
※本稿執筆後の令和8年2月10日に指針が公表されましたが、基本的な内容はガイドラインを継承していますので、本稿はガイドラインの内容をもとに解説しています。
実務にあたっては、最新の指針の内容も併せてご確認ください。
★「高年齢者の労働災害防止のための指針」
https://www.mhlw.go.jp/content/11300000/001654297.pdf
4. 企業が具体的に取り組むべき実務ポイント
実際に、1で解説したガイドラインの5つの柱を実務に落とし込む際のポイントについて、元監督官の視点をふまえて解説します。
① 安全衛生管理体制の確立
☐ 経営トップによる方針表明と体制整備
経営トップが高齢者労働災害対策に取り組む方針を示し、対策に取り組む部署や担当者を決めて実施体制を明確にします。安全衛生部署がなければ、人事管理部門で担当しても構いません。方針を具体化するための事項は、安全衛生委員会や社内ミーティングの場で審議します。
監督署の調査では、安全衛生委員会の議事録がチェックされます。
「高齢者の労働災害について注意喚起する」といった抽象的な内容ではなく、「〇〇作業場において、50代以上の労働者から『足元の油で滑りそうになった』との報告があった。来月の委員会までに滑りにくい安全靴の選定を行い、全社配布を検討する」など、具体的な内容が審議されているかがポイントです。
☐ リスクアセスメントの実施
リスクアセスメントとは、対策に取り組む部署や担当者が、職場の見回りや労働者の意見をもとに、職場のリスクを事前に洗い出し、事故に繋がる前に優先順位をつけて対策を講じる手法です。過去の災害事例やヒヤリハット(事故にはならなかったものの、業務中に「ヒヤッとした」「ハッとした」こと)の報告をもとに労働災害のリスクを可視化し、リスクの高いものから優先して対策を講じます。
リスクアセスメントでは、「段差あり」だけでなく「〇区画は薄暗く、段差が視認しにくいため、つまずいて転倒する」といった、年齢的特性をも考慮した評価がなされているかがポイントです。対策の面では、「照度を〇ルクスにする」「段差部分にスロープを設置する」など、具体的なリスク低減策と対策の実施日、今後の対応措置を記入しましょう。

参考:厚生労働省 「プレス事業場におけるリスクアセスメントのすすめ方」
② 職場環境の改善
☐ 身体機能の低下を補う設備・装置の導入と無理をさせない作業管理
リスクアセスメントが終わったら、事前に決めた優先順位に基づいて対策を講じます。
以下は一例であり、実際には職場の実情に合わせた対策を実施してください。
<ハード面>
- 視力の低下を想定した部屋の明るさ(照度)の確保
- 階段の手すり設置や段差の解消、滑り止めシートの貼付
- 重量物運搬を助ける補助機器の導入
<ソフト面>
- ゆとりある作業スピードの設定
- 無理のない作業姿勢への配慮
- 勤務形態の工夫(深夜業の回数を減らす、短時間勤務を導入する等)
③ 健康と体力の状況把握
☐ 健康と体力の状況把握
● 法定の健康診断・ストレスチェックは確実に実施しましょう。対象外となる労働者に対しても、受診の機会を提供することが望まれます。
● 「転倒等リスク評価セルフチェック票」などを用い、無理のない範囲で、歩行能力やバランス機能を客観的に把握しましょう。労働者本人の「気づき」になり、自主的な体力向上に取り組むきっかけとなります。
④ 健康や体力の状況に応じた対応
☐ 健康・体力の状況に応じた対応
● 把握した結果に基づき、産業医の意見を聴いて就業上の措置(作業転換、労働時間短縮、深夜業の減少)を講じます。何らかの病気を抱えている場合は、仕事と治療の両立支援の取り組みも重要です。
● 高齢になるほど健康、体力に個人差が出ると言われますので、その人の健康状態や体力に合った業務ができるように配慮しましょう。
筆者の経験上、健康診断や面接指導を「受けっぱなし」の企業が少なくありません。
高年齢労働者の場合、血圧や視力、持病の状態によっては、現在の業務が大きなリスクとなります。健診結果に基づき、医師から「就業場所の変更」や「労働時間の短縮」などの意見が出された際、会社がどのような措置を講じたのか、その「事後措置」を記録しておきましょう。
⑤ 安全衛生教育
☐ 安全衛生教育
● 高年齢労働者の労働災害防止に向け、可能であれば、全従業員向けの安全衛生教育とは別に、高年齢労働者に特化して教育を実施するのが望ましいといえます。
● 高齢者への教育には時間をかけ、文字だけでなく、写真や映像、図解を多用した視覚的な資料を活用しましょう。
● 座学だけでなく、「実際の現場を一緒に歩きながら危険箇所を確認する」といった実地教育が、事故防止には最も有効です。
筆者が伺った企業では、独自の安全教育ビデオを作成したり、ツールボックスミーティング(作業開始前等に行う短時間のミーティング)を行うなど、企業によってさまざまな工夫が見られました。安全意識の高い他社の事例を参考に、自社の安全衛生教育は十分であるか、定期的に見直すようにしてください。
研修を行った際は、教育内容が分かる資料、受講者名簿を保管しておきましょう。
5. まとめ:選ばれる企業になるための安全衛生管理
人生100年時代、労働力不足が加速する中で、高齢者が安心して働ける「エイジフレンドリーな職場」は、企業にとっての強力な価値となるはずです。
元監督官としての経験から申し上げれば、「事故が起きてから後悔する企業」を一社でも減らしたいと思っています。改正法が施行される令和8年4月に向け、今から組織の安全衛生文化をアップデートしていきましょう。
多田国際では、元監督官の視点から、労働安全衛生に関するサポートも対応しております。ぜひお気軽にご相談ください。
出典
- 厚生労働省リーフレット 「エイジフレンドリーガイドライン(高年齢者の安全と健康確保のためのガイドライン)」
- 厚生労働省 「第169回安全衛生分科会資料 高年齢労働者の労働災害防止対策について(その2)」
- 厚生労働省 「プレス事業場におけるリスクアセスメントのすすめ方」
- 厚生労働省 「転倒等リスク評価セルフチェック票」
プロフィール

多田国際コンサルティンググループ
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