【元労働基準監督官が解説】監督署調査(臨検)の基本
1. 臨検とは?
「労働基準監督官としての職務執行のため、労働基準法違反の有無を調査する目的で事業場等に立ち入ること」(厚生労働省労働基準局編 2021年 労働基準法 下)と定義されています。実際は、労働基準監督官が会社へ訪問してきたり、手紙での来署依頼があったりします。
| 労基法第101条 労働基準監督官は、事業場、寄宿舎その他の附属建設物に臨検し、帳簿及び書類の提出を求め、又は使用者若しくは労働者に対して尋問を行うことができる。 |
臨検については、予告なく事業場に立ち入ることが原則とされています。これは、適正な調査(事業場のありのままの姿を確認すること)を目的としています。また、労働基準監督年報(令和5年)によりますと、年間で、171,679件の臨検が実施されています。
2. 臨検の種類と一般的な流れ
【監督指導の一般的な流れ】によりますと、下記の3つに分類されます。
(1)対象事業場の選定による監督
(2)従業員からの申告による監督
(3)労働災害の発生による監督

資料:「労働基準監督官の仕事」(厚生労働省)
ここで、重大・悪質な事案の場合「送検」される可能性がある点について、注意が必要です。
| 労基法第102条 労働基準監督官は、この法律違反の罪について、刑事訴訟法に規定する司法警察官の職務を行う。 |
労働基準監督官は、労働基準法、労働安全衛生法、最低賃金法等の特定の法律について、警察官のような権限を有しています。労働基準監督官のような、特定の分野に限り、警察官のような権限を有する者を、特別司法警察職員といい、労働基準監督官の他には、麻薬取締官や海上保安官等があります。
3. 確認される書類
下記のような資料の提出を求められることが、一般的です。
<労働基準法関係>
- 組織図
- 労働条件通知書
- 賃金の控除に関する協定書
- 時間外・休日労働に関する協定届(36協定)
- 変形労働時間制、フレックスタイム制等を採用している場合、それらに関する書類
- 年次有給休暇管理簿
- 就業規則
- 労働者名簿
- 賃金台帳
- タイムカード 等
<労働安全衛生法関係>
- 有資格者一覧表(作業主任者、技能講習、特別教育等)
- 機械設備(クレーン、フォークリフト等)の点検記録
- (安全)衛生委員会の議事録
- 健康診断個人票 等
このように、労基法と安衛法に関する書類について、幅広く確認されるため、日々、適切に労務管理を行い、その記録を保管しておくことの重要性が理解できます。また、製造業や建設業等においては、多数の資格者(作業主任者、技能講習、特別教育等)が共同して作業を行いますので、誰がどの資格を持っているかを、「有資格者一覧表」のような形でまとめて、会社で管理しておくことが望ましいです。さらに、資格の有無を口頭で確認するのみならず、資格証のコピーを取って、「有資格者一覧表」と併せて管理することで、誰がどの資格を持っているのか、正確に把握することができるようになります。
4. 是正勧告書と指導票
労働基準監督官が交付する書面について、大きく2つあります。
(1)是正勧告書
法令違反であると判断された場合に交付されます。また、法令違反の場合に交付されるものですので、どの法令に違反しているかの記載があります。
(2)指導票
法令違反ではないものの、改善することが望ましいと判断される場合に交付されます。この場合、法令違反ではないので、どの法令に違反しているかの記載はありません。
後に記載する是正報告書の様式からも、その違いが確認できます。いずれにしても、労働基準監督官が、違反と判断したり、改善が必要であると判断しているものですので、真摯な対応が必要です。
5. 臨検時の対応方法
(1)臨検を拒否したり、虚偽の帳簿書類を提出することについて。
これは、絶対にやってはいけない行為となります。このような行為は、その行為自体についても、罰則が設けられています。
| 労基法第120条 次の各号のいずれかに該当する者は、30万円以下の罰金に処する。 一~三(略) 四(略)臨検を拒み、妨げ、若しくは忌避し、その尋問に対して陳述をせず、若しくは虚偽の陳述をし、帳簿書類の提出をせず、又は虚偽の記載をした帳簿書類の提出をした者 五(略) |
(2)機械設備の説明ができる担当者との調整(製造業等の場合)
一般的には、監督署の調査がある場合、まずは人事部門で対応することになると考えられます。労働条件(賃金や労働時間等)については、人事部門で対応できると考えられますが、製造業等の場合は、製造現場の安全管理も確認されますので、機械設備の普段の使用方法の説明ができる担当者の立ち会いが必要なケースもあります。
6. 代表的な違反パターン
労働基準監督年報(令和5年)によりますと、下記のような違反が多く指摘されています。
(1)労働時間に関する違反(労基法第32条)
| 労基法第32条 1 使用者は、労働者に、休憩時間を除き1週間について40時間を超えて、労働させてはならない。 2 使用者は、1週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き1日について8時間を超えて、労働させてはならない。 |
労基法上は、1日8時間、1週40時間を超えて、労働させてはならないとされていますが、「時間外・休日労働に関する協定届(36協定)」を締結し、監督署へ届出すると、それを超えて労働させることができます。36協定の締結・届出をしないまま、1日8時間、1週40時間を超えて労働させると、労基法第32条違反となります。
また、36協定の締結にあたって、過半数代表者の選出は、適切に行う必要があります。さらに、労働基準関係法制研究会報告書(厚生労働省:令和7年1月8日)においても、「過半数代表者の適正選出と基盤強化について」の記載がありますので、過半数代表者については、今後の動向にも注目です。
過半数代表者の要件は、下記のとおりです。
- 労働者(パート、アルバイトを含む)の過半数を代表している者であること
- 管理監督者ではないこと
- 36協定を締結するための過半数代表者を選出することを明らかにした上で、投票、挙手などによる民主的な手続きで選出された者であること
(1)労働条件の明示に関する違反(労基法第15条)
| 労基法第15条 使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。 労基法施行規則第5条 ① ~③(略) ④ 法第十五条第一項後段の厚生労働省令で定める方法は、労働者に対する前項に規定する事項が明らかとなる書面の交付とする。 |
労働条件は、書面により明示しなければなりません。また、2024年4月1日付で、明示事項が追加されておりますので、併せて確認しておくと、安心です。
(3)割増賃金に関する違反(労基法第37条)
割増賃金の計算方法は、下記のとおりです。
1時間あたりの賃金額×時間外、休日又は深夜労働の時間数×割増賃金率(1.25)
基本給のみで、1時間あたりの賃金額を算出しているケースや、労働時間管理の不備等により、残業時間の適正な把握ができていないケースは、割増賃金の額が、正しい額よりも少なく支払われることとなるため、このようなケースは、労基法第37条違反となります。
7. 臨検後の対応方法
(1)指導内容を正しく理解する
労働基準監督官の指導は、法令等に基づくものですので、内容を理解することが難しいこともあります。その場合、理解できるまで、何度でも確認するようにしましょう。改善に前向きな企業であるとの印象に繋がる可能性もあります。また、指導内容を正しく理解せず、改善策を実施し、監督署への報告の際、「内容が違います。」と言われてしまうと、改めて対応したり、是正の期日に間に合わないといった状況になる可能性がありますので、注意が必要です。
(2)社会保険労務士へ相談する
社会保険労務士は、社会保険労務士法に基づいた国家資格者で、企業における採用から退職までの「労働・社会保険に関する諸問題」に対して、専門的な知識を有しています。社会保険労務士への相談は、必須ではないですが、改善策を検討するにあたって、外部の専門家の知見を活用することは、非常に有益であると考えられます。
(3)改善策を実施する
指導内容を正しく理解し、改善策を実施します。
(4)是正報告書を提出する
監督官から指摘を受けた事項について、改善したことが分かる資料も、併せて添付します。賃金の支払いについて指摘を受けたのであれば、賃金の振り込み履歴。機械設備の安全対策について指摘を受けたのであれば、安全対策を講じたことが確認できる写真。労働時間の削減について指摘を受けたのであれば、労働時間削減後のタイムカードのコピー等です。どのような資料がよいのかについても、事前に監督官に確認しておくと、正確な報告が可能となります。
<是正報告書の様式>


資料:「労働基準監督署報告用様式」(富山労働局)
(5)改善策を定着させる
是正報告書提出後も、しっかりと改善策を定着させることが重要です。
8. 臨検に対する考え方
臨検に対して、ネガティブなイメージを持っている企業も少なくないかもしれません。しかし、「コンプライアンスについて、改めて考える良い機会となった」と言っていただける企業もありました。コンプライアンスが求められる昨今、職場環境の改善に繋げるための良い機会であったと、ポジティブに捉え、職場環境の改善に努めたいものです。
9. 終わりに
多田国際コンサルティング株式会社では、臨検に関するご相談のみならず、各種規程の作成や給与制度構築、日常のご相談など幅広くサポートをしております。ぜひお気軽にご相談ください。
プロフィール

多田国際コンサルティンググループ
多田国際コンサルティンググループは、多田国際コンサルティング株式会社と多田国際社会保険労務士法人で構成しております。多田国際コンサルティング株式会社では、労務分野の豊富な知見をベースとした、専門性の高い人材・組織系のコンサルティングサービスにより、人事制度、人材育成、労務管理等はもちろん、 IPO、M&A、海外進出といった企業を取り巻く様々な課題の解決を通して、企業価値向上をサポートして参ります。https://www.tk-sr.jp/






