【元監督官の視点】「心の健康づくり計画」に盛り込むべき要素を徹底解説


1. はじめに:なぜ今、「心の健康づくり計画」が必要なのか?

 現代において、仕事で強いストレスを感じる労働者は後を絶ちません。2024年度の精神障害による労災認定は1,055件と、6年連続で過去最多を更新しました。

 こうした状況を受け、国はメンタルヘルス対策を重視するようになっています。第14次労働災害防止計画では、2027年までに対策に取り組む企業を80%以上とする目標が掲げられました。その一環として、厚生労働省の「労働者の心の健康の保持増進のための指針(メンタルヘルス指針)」に基づき策定が推進されているのが「心の健康づくり計画」です。

 筆者は労働基準監督官として多くの現場を見てきましたが、何よりも痛感したのは「事後処理の難しさ」、そして「事前対策の重要性」です。この対策を形にしたのが本計画であり、実際に労働基準監督署の調査時に策定を指導されるケースもあります。メンタルヘルス不調はどの職場でも起こり得ます。こうしたリスクへの備えは、今や企業にとって喫緊の課題なのです。

 そこで本稿では、現場を知る立場から、不測の事態から社員と企業を守る「心の健康づくり計画」策定のポイントを解説します。


2. 「心の健康づくり計画」のねらいと必須要件

 「心の健康づくり計画」の本当の役割は、単なる書類作りではなく、「万が一の事態にどう対処するか」という、目に見えない組織の設計図をあらかじめ描いておくことにあります。

 この設計図をしっかり整えておくことで、「4つのケア」(図表2)が一体的に機能するようになり、社員のメンタルヘルス不調を予防し、あるいはそのサインを早めに拾い上げ、休職者のスムーズな復帰を支える体制を構築できるのです。


(図表2)筆者作成


では「心の健康づくり計画」には何を盛り込むべきなのでしょうか。

行政通達では、以下の7項目が「必須要件」とされています(図表3)。

❶事業者がメンタルヘルスケアを積極的に推進する旨の表明に関すること

❷事業場における心の健康づくりの体制の整備に関すること

❸事業場における問題点の把握及びメンタルヘルスケアの実施に関すること

❹メンタルヘルスケアを行うために必要な人材の確保及び事業場外資源の活用に関すること

❺労働者の健康情報の保護に関すること

❻「心の健康づくり計画」の実施状況の評価及び計画の見直しに関すること

❼その他労働者の心の健康づくりに必要な措置に関すること


(図表3)筆者作成


3. 「心の健康づくり計画」では何を定めるべきか?

 実は、行政通達で決まっている事項はここまでで、その具体的内容は各社の裁量に委ねられています。では、具体的に何を盛り込めばよいのでしょうか。

 ここでは、自社の状況に即した体制を築くためのイメージを提示します。


❶事業者がメンタルヘルスケアを積極的に推進する旨の表明に関すること

メンタルヘルス不調の防止や心の健康問題への理解醸成など、この計画が何を目的としており、その目的を何年で達成するかを明記します。安全衛生規程のある会社では、このパートで計画を安全衛生規程の一部として位置づけます。


❷事業場における心の健康づくりの体制の整備に関すること

誰が、何をするかの役割分担を明確にします。

具体的には、従業員本人、管理監督者(上司)、産業医、人事担当者のそれぞれが、「相談対応」や「教育研修の実施」など、どのような役割を担うかを定めます(図表4)。

衛生管理者のいる事業場では、衛生管理者が「事業場内メンタルヘルス推進者」として、計画推進の中心的な役割を担うことを定めます。


(図表4)パンフレット「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」(厚生労働省・独立行政法人 労働者健康安全機構)P3より引用



❸事業場における問題点の把握及びメンタルヘルスケアの実施に関すること

設計図である計画を実際に動かすための「中身」に相当する、最も重要なパートです。

ストレスチェック制度も別物と考えず、計画内にまとめ込むのがポイントです。


〈職場環境の把握・改善〉

「課題の抽出」から「改善」までの流れを、具体的な運用ルールに落とし込みます。

(図表5)筆者作成


・ストレスチェックは職場環境把握の重要な手がかりです。ここでは実施から分析までの定期的な運用方法を定めます。また、現行のストレスチェック規程を計画の一部として位置づけます。

・さらに、毎月の衛生委員会(衛生委員会がない場合は定例会議などでも可)の冒頭5分を社員からの意見を聞く場とするなどして、職場の課題を可視化します。

・「ストレスチェック実施者が分析結果を元に管理監督者に助言する」など、職場環境の改善手順を定めます。


(図表6)パンフレット「中小企業事業者の為に産業医ができること」(独立行政法人 労働者健康安全機構)P12より引用


〈教育研修の実施〉

・対象者を定めます。管理職向け研修など、対象者を絞って実施することも効果的です。

・「管理職研修は〇月に実施する」など、年間計画を定めます。


❹メンタルヘルスケアを行うために必要な人材の確保及び事業場外資源の活用に関すること

・相談対象者と担当者(担当部署)を明記します。具体的には、従業員本人及び管理監督者が、管理監督者や産業保健スタッフなどに、メンタルヘルスに関することを相談できる旨を定めます。

・専門機関との連携について定めます。具体的には、提携クリニックやカウンセリング先の連絡先や相談方法などを明記します。

・「管理監督者は、社員からの相談に対応し、必要に応じて産業医への相談を勧める」といった、相談対応時のフローを具体化します。

・地域産業保健センターや外部の研修プログラムを活用することを明記します。これにより最新事例を取り入れるとともに、担当者の負担軽減を図ります。


❺労働者の健康情報の保護に関すること

せっかく工数を割いて計画を作っても、社員が利用をためらえば制度は十分に機能しません。この項目は倫理的配慮のみならず、計画に命を吹き込む重要なパートです。

・守秘義務を徹底し、また情報提供に際しては必ず本人の同意を得ることを明記します。

・相談等を理由とした解雇や査定、異動などの不利益な取扱いを行わないことを明文化し、社員の懸念を解消します。


❻「心の健康づくり計画」の実施状況の評価及び計画の見直しに関すること

・「〇月の衛生委員会で相談窓口の利用状況や研修への参加率を確認する」など、いつ、何を基準に振り返るかを定めます。

・「改善事項を次年度計画に反映し、〇月の衛生委員会で承認する」など、次期計画への反映方法を定めます。


(図表7)パンフレット「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」(厚生労働省・独立行政法人 労働者健康安全機構)P4より引用



❼その他労働者の心の健康づくりに必要な措置に関すること

一例ですが、このような項目を盛り込むことで、さらに盤石な計画にすることができます。

・パワハラ、カスハラ(カスタマーハラスメント)など、各種ハラスメント対策との連動

・長時間労働対策について、また産業医面接・健康確保措置など事後措置との連動

・リハビリ勤務などの復職支援制度との連動


4. おわりに

 「心の健康づくり計画」は、いわば企業のメンタルヘルスにおける「設計図」です。しっかりとした設計図があれば、万が一の事態にも迅速かつ適切に対応できます。

多田国際コンサルティング株式会社では、貴社の実情に即した計画策定から労務コンサルティングまで幅広くサポートしております。ぜひお気軽にご相談ください。


  • 参考リンク

     o パンフレット「職場における心の健康づくり~労働者の心の健康の保持
       増進のための指針~」(計画例あり)

       https://www.mhlw.go.jp/content/001579077.pdf

     o 働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト「こころの耳」

       https://kokoro.mhlw.go.jp/




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