Netpress 第2490号 営業に伝えたい 利益から考える「値引きのルール」

Point
1.値引きを個々の営業担当者の裁量に委ねてしまうと、安易な値引きや無意味な値引きで「利益なき売上」の温床になりかねません。
2.ここでは、販売業を前提として、「利益を増やす」値引きの仕方とルールづくりについて考えます。


株式会社経営戦略オフィス
中小企業診断士
井海 宏通

1.安易な値引きは利益を減らす

 物価や人件費の上昇に対し、多くの会社は価格転嫁を実施してきましたが、販売成績を伸ばしたい営業担当者としては、値上げどころか値引きをしたいのが本音でしょう。実際に顧客から値引き要請を受けるケースもあると思います。


 しかし、コスト上昇局面における安易な値引きは、会社の利益を大きく減らす可能性があります。重要なのはあくまで「利益」であり、売上高は利益を増やす「手段」です。


 値引きを検討する際は、それによって「利益が増えるのか」ということをよく吟味する必要があります。

2.値引きは販売増加見込みとセットで考える

 「値引きをすれば販売数が増える。販売数が増えると売上高が増える。売上高が増えれば利益も増える」。


 そう期待して値引きをしたところが、実際には逆の結果になってしまうことがあります。もちろん、期待したとおりに値引きによって利益が増えるケースもあります。


 では、値引きによって利益が減る商品と、利益が増える商品の違いはどこにあるでしょうか。


 その違いは「粗利益率」にあります。具体的には、粗利益率が低い商品は値引きによって粗利益が減りやすく、粗利益率が高い商品は粗利益が増えやすいのです。したがって、利益を増やす手段として値引きが選択肢に加わるのは、粗利益率の高い商品といえます。


 粗利益は、商品の販売数と1個あたり粗利益の掛け算に分解することができます。


 そして、値引きによる粗利益の変動率は、販売数の変動率と1個あたり粗利益の変動率の掛け算で決まります(変動率が1倍を超えると「増加」、1倍未満だと「減少」となります)。


粗利益=販売数×1個あたり粗利益粗利益の変動率=販売数の変動率×1個あたり粗利益の変動率


例1)
値引によって「1個あたり粗利益」が半分になると、販売数が1.2倍になっても、粗利益は0.5倍×1.2倍=0.6倍になる(4割減)
例2)
値引によって「1個あたり粗利益」が2割減に留まる一方で、販売数が1.5倍になると、粗利益は0.8倍×1.5倍=1.2倍になる(2割増)


 この粗利益の計算式は、値引きにおける重要な考え方を示唆しています。


 それは、「値引きは販売増加見込みとセットで考える必要がある」ということです。したがって、値引きが顧客の購買活動に与える影響を高い精度で見積もる必要があり、営業担当者の力量が問われてきます。


 「値引きをすれば販売数が増える」といった程度の大雑把な見方ではなく、「実際に何割増えるのか」「なぜそう言えるのか」といった掘り下げが重要です。決して、安易な気持ちで値引きを決めてはいけません。

3.事前に粗利益を試算するルールをつくる

 値引きには、販売増加や受注率改善の効果が期待できる一方、粗利益を減らすリスクも大いにあります。そのため、会社が値引きに関する方針やルールを定めて、営業担当者に遵守させなければなりません。


 もちろん、値引きをする理由は利益がすべてではありません。商品在庫が過剰になれば資金繰りが圧迫されるため、採算度外視で商品を安く売ることがあります。消費期限が近づいた商品も同様です。また、商品本体をあえて赤字で販売し、オプションやメンテナンスで利益を稼ぐビジネスモデルもあるでしょう。


 しかしながら、基本はあくまで「粗利益の確保」にあります。営業担当者は販売成績で評価されるため、どうしても値引きに走りたくなる誘惑に駆られます。だからこそ、粗利益が増えるのかを事前に試算するルールづくりが大切です。

4.値引きで利益を増やすための実務上の留意点

(1) 値引き承認制の導入

 多くの会社にとっては、営業担当者の個人裁量による値引きは原則として禁止し、必要な場合のみ上司の事前承認を得て値引きをするルール設定が無難です。ただし、粗利益率の高い商品や大量発注については、一定の値引き幅(値引きの権限)を営業担当者に付与しておく方法もあります。


(2) 値引きの理由付け

 値引きによって「売れ残っているのではないか」と相手に思わせてしまうと、販売面で逆効果です。値引きを自信のなさや焦りだと相手に受け取られることがないように、値引きには大義名分(キャンペーン、顧客還元など)が必要です。


(3) 値引きのインパクト

 値引きによって販売増加を狙う場合、顧客にインパクトを与えることが重要です。たとえば、同じ100円の値引きでも、1,900円を1,800円にするのと、2,000円を1,900円にするのとでは、顧客に与える「お得感」が異なります。当然、後者のほうが販売増加を期待できます。


(4) 商品価値の伝達

 顧客は、商品価値の理解が不十分である場合に「価格が高い」と感じます。そのため、値引きを検討する前に、“プレゼンの質”も確認すべきです。


 また、そもそも商品に高い価値を感じるタイプの顧客(いわゆるターゲット層)と商談できているかも重要です。


(5) 廉価商品の取り扱い

 物価上昇で、顧客が価格上昇についてこられない場合は、原価を落とした廉価商品を取り扱って、販売数と粗利益を両立させる方法もあります。たとえば、令和の米騒動では、銘柄米に代わって備蓄米やブレンド米が飛ぶように売れました。


(6) 販管費増加の試算

 値引き後の販売増加によって粗利益が増えても、物流、決済、事務などの販管費がそれ以上に増えてしまうと、営業利益が減ってしまいます。そのため、販売増加による販管費の増加も考慮したほうがよいでしょう。



 値引きは売上高を増やすために有効な手段ですが、利益が減ってしまっては元も子もありません。会社として戦略的な値引きのルールと体制づくりが大切です。



◎協力/日本実業出版社

日本実業出版社のウェブサイトはこちらhttps://www.njg.co.jp/



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