マネプラ・オピニオン 足元から宇宙、そして未来へ

本コラム「マネプラ・オピニオン」は、6名の識者の方々に輪番制でご担当頂きます。それぞれがご自身の視点で経営者の方々へのメッセージをまとめた連載コラムです。



新型コロナウイルスの猛威が1年以上続いている。この原稿を書いている今も、ワクチンの大規模接種やオリンピック開催を巡り、世はまさに混沌だ。


今こそ、揺らがぬ信念でもって足元を固め、ことの行く先を冷静に見極めることが求められる。


理化学研究所理事長、京都大学元総長と幸いにも多くの職務に就いてきたが、私のベースは宇宙科学技術分野の「研究者」である。その道へと誘ったのは、ガガーリンだ。


人類最初の宇宙飛行から無事帰還した翌年、1962年に彼は京都大学へやってきた。黒山の人だかりの後ろからようやく見えた血色の良い小柄な軍人の強い意志を宿した瞳は、大学2年生の私の興味を宇宙へと駆り立てた。


恩師や仲間との出会いにも恵まれ、シミュレーション・観測・理論の三位一体で宇宙の謎に迫ることに夢中となった。宇宙に存在するプラズマや電波について未知の現象を解き明かす日々は刺激的だ。


しかし、目の前の魅惑的な謎は、多くの科学者の「視野」を狭めてしまう。世界には、エネルギーや食料の不足、大災害や戦争といった、我々の生存を脅かす人類共通の危機が存在しているというのに。


宇宙科学の基礎から未来を見つめたとき、私は人類が太陽系に進出し宇宙文明圏を開拓すると予測した。地球一つで人類全体を支えることに限界を感じたのだ。そこで取り組みはじめたのが宇宙太陽光発電「SPS」である。静止軌道上の超大型太陽電池から電力を無線で地上に送ることは容易ではない。


しかし、原子力のように制御困難なテクノロジーは用いず、二酸化炭素も排出しない。実際、83年、私は仲間とともに世界初のマイクロ波送電ロケット実験を成功させた。


私たちは太陽の膨大なエネルギーを人類が「食べる」術があることをすでに実証している。目の前の課題、つまり足元から、未来に視野を向けたことで拓けた未来の技術だ。


目の前のピンチやチャンスに全力で挑むことはもちろん大切である。ただ、そこだけにフォーカスしてしまうと、未来の可能性の芽を摘むこともある。自分の行いが社会とどうつながり、皆が志を忘れず日々を過ごすことで、困難を乗り越え明るい未来を創ることができる。


◎「SMBCマネジメント+」2021年8月号掲載記事

プロフィール

公益財団法人国際高等研究所 所長 松本 紘

京都大学大学院工学研究科修士課程修了後、同大学助手、助教授等を経て1987年教授。宙空電波科学研究センター長、生存圏研究所長、理事・副学長などを歴任し、2008年10月総長(~14年9月)。15年4月より国立研究開発法人理化学研究所理事長、18年4月より現職。文部科学大臣表彰 科学技術賞、紫綬褒章、仏政府レジオン・ドヌール勲章シュヴァリエ、名誉大英勲章OBE、瑞宝大綬章 等、国内外での受賞多数。

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