Netpress 第2098号 デジタル払い、前払い 押さえておきたい新たな給与の支払い方法

Point
1.外国人労働者や非正規雇用者の増加等に伴い、新たな給与の支払い方法が注目されています。
2.給与の「デジタル払い」と「前払い」について、その仕組みや労務・税務上の注意点などを確認します。


税理士・税務ライター
鈴木 まゆ子


1.給与のデジタル払いとは

給与のデジタル払いとは、銀行口座を介さず、「〇〇ペイ」と呼ばれる電子マネーで給与を振り込む方法です。


銀行振込とデジタル払いは、キャッシュレスという点では同じですが、プロセスが異なります。銀行振込は、企業が銀行に給与の振込依頼を行った後、従業員がATMから引き出す方法です。一方、デジタル払いは、「ペイロールカード」という給与支払い専用のプリペイドカードを使い、銀行口座を介さずに直接従業員の電子マネー口座に支払います。


デジタル払いが実現すれば、「銀行口座を開設できない外国人労働者が給与を受け取りやすくなる」「日常生活での決済や送金がよりスムーズになる」とみられています。給与の支払いコストが下がることもメリットの1つです。

2.給与の前払いとは

給与の前払いとは、給与支払日より前に従業員に給与を支払うことです。資金移動業登録をした前払いサービス会社が、銀行やクレジットカード会社と提携し、給与分のお金を預けたり振込依頼をしたりして前払いを行います。


飲食業や介護事業などでは、非正規雇用が従業員の大半を占めるケースが珍しくありません。頻繁に資金を必要とする従業員がいることなどから、福利厚生の一環として前払いを導入する事業主が増えています。


なお、前払いできる金額は、労働基準法で厳しく制限されていることなどに注意する必要があります。

3.現行の給与支払いのルール

労働基準法24条には、毎月の賃金支払いの原則が定められています(賃金支払いの5原則)。




端的にいうと、「労働者に対して毎月1回以上、決まった日に日本円の現金で、直接全額の給与を支払わなければならない」ということです。しかし、実際には、銀行振込による支給が大半です。これは、「通貨払い」の例外として、銀行や証券会社等の金融機関の口座への振込が認められているからです。


給与のデジタル払いの壁となっているのは、「通貨払い」の原則です。「〇〇ペイ」などの電子マネーを扱うのは資金移動業者であり、金融機関ではないため、例外規定の対象とならないのです。そのため、厚生労働省は、この例外に電子マネーを加えることで、給与のデジタル払いを実現しようとしています。


ただし、給与のデジタル払いはあくまでも選択肢の1つとして設けられ、従業員の選択に委ねられる予定です。

4.給与のデジタル払いの注意点

(1)二重払いなどのリスク

デジタル払いにしても社会保険料の徴収は変わりませんが、「就業規則を整備する」「給与の支払い方法に関して、デジタル払いも選択肢として提示する」「ペイロールカードを管理する」といった手続が加わります。


また、従業員から「今月は『〇〇ペイ』に5万円送ってほしいけど、来月は『△△ペイ』に送って」という依頼があれば、さらに手間が増えます。つまり、給与の受取先の選択肢が増えれば増えるほど、総務や経理の事務負担が大きくなるのです。二重払いなどのミスが頻発するかもしれません。


(2)所得控除が受けられない可能性

所得税や住民税の源泉徴収や年末調整事務は従来どおりです。しかし、外国人労働者を雇用している場合は、月々の源泉徴収や年末調整での配偶者控除や扶養控除が問題になります。外国人労働者が扶養している配偶者や親族が国外在住であれば、送金の事実などを証明する一定の書類を提出しなければこういった所得控除ができないとされているからです。電子マネーだと、状況によっては、送金証明ができないかもしれません。


給与のデジタル払いの目的の1つに、日本の銀行の口座が開設できない在日外国人の利便性向上がありますが、彼らが日本で働く理由の多くは、母国にいる家族を養うためです。電子マネーで給与を受け取れても、送金の事実が認められずに所得控除できないとしたら、外国人労働者とトラブルになるおそれがあります。

5.給与の前払いの注意点

(1)事務負担が増える

労働基準法25条では、出産、疾病、災害等の非常の場合に労働者から請求があった場合には、給与の支払期日前であっても、すでに労務提供が完了した分の賃金を支払わなければならない、としています。


このことから、非常の場合以外では、使用者に前払いの義務はありません。また、前払いの対象となるのは、すでに労務提供が完了した分だけですから、労務提供が行われていない分を前払いすると「貸付金」となります。


「労使協定による定めがある」など一部の例外を除き、原則として、従業員への貸付金は支払った給与から回収することはできません。「全額払い」が賃金支払いの鉄則だからです。


そのため、毎月の給与は従来と同様に全額を支払い、同時に貸付金の回収も行う破目になります。月1回の給与を分割して支払うのなら、社会保険料の計算・徴収が、より複雑になるかもしれません。


(2)認定利息に所得課税の可能性

前払い分の給与についても、所得税や住民税の徴収が必要です。月1回支払いの給与が毎週・隔週など分割払いになるなら、計算が煩雑になる可能性があります。


また、労務提供のない前払いが別の給与を生むかもしれません。立て替えたお金がなかなか返済されなければ「貸付金」として処理し、利息が発生するからです。この利息は、税法上、給与所得に該当します。


仮に、事業主側で無利息あるいは低利息としても、税法上は従業員がその分の経済的利益を享受していると考え、一定の場合を除き課税対象となります。利息が給与所得となれば徴収税額が増えますし、計算も煩雑になるでしょう。

6.その他の懸念事項

給与のデジタル払いでは、資金移動業者の安全性が問題視されています。銀行には預金保険制度がありますが、資金移動業者は供託金で対応しているため、利用者の資金が十分に保護されない可能性があります。この点、厚生労働省は、「安全基準を満たした企業に限る」「保証会社や保険会社との契約を条件とする」といった案を示しています。


また、給与の前払いでは、前払いサービス業者の質に注意すべきです。雇用主からの貸付金と異なり、サービス業者からの貸付けは貸金業法違反になることがあります。違法行為が摘発されてサービスを利用できなくなれば、従業員との間でトラブルが生じるでしょう。この他、電子決済業者の手数料の値上げにも注意しておきたいところです。



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