Netpress 第2433号 不祥事に見る オーナー企業の組織特性と内部統制上の対応
1.オーナー企業の不祥事は、オーナー企業の成長力の裏返しという側面があります。
2.企業の成長のマイルストーンごとに内部統制システムの見直しが求められます。
3.不祥事の予防に特効薬はなく、内部統制システムを充実させる地道な努力こそが重要です。
近年、オーナー企業の不祥事が社会の耳目を集めています。紅麹を原材料とする食品による健康被害や、中古車販売会社における保険金不正請求問題などを思い浮かべる読者の方も多いと思います。これらの事案は、いずれも創業者ないし創業者一族が経営に関与し、また、株式の保有状況を見ても創業者一族が実質的に支配していたという点に共通点があります。
1.所有と、経営と、成長力と
オーナー企業は「ファミリービジネス」の一形態と捉えられることが多く、そのファミリービジネスはよく「スリー・サークル・モデル」と呼ばれるモデルを使って分析されます(図1)。これは「ファミリー」「ビジネス(会社の運営)」「オーナーシップ(株主)」という3つの円を描き、その重なり合いを分析してファミリービジネスの課題解決を図る手法です。図を見ると、ファミリービジネスでは所有と経営が分離されていないことがわかります。
「株式会社」の特徴の一つに、「所有と経営の分離」があります。広く出資を募るため出資持分を「株式」という形に細分化し、所有者を「株主」とする一方で、経営は「取締役」や「執行役」というプロに任せ、株主は「株主総会」を通じてこれら経営者を選任したり監視したりする。これが「所有と経営の分離」です。ところがファミリービジネスでは、この「所有と経営の分離」がされていません。されていないというか、あえて分離していないともいえます。オーナー企業に至っては、3つのサークルが重なり合うど真ん中に創業者がいます。
そして注目すべきは、米国の上場企業500社を調査した研究や、日本の上場企業を調査した研究のいずれでも、ファミリービジネスのほうが非ファミリービジネスよりも企業成績が良いという結果が示されていることです。
これは、企業の経営を非ファミリーの人物(エージェント)に委託すると、株主の目指す目標と委託された経営者との目標が不一致を起こしたときにそのコストが増大(エージェンシーコストが肥大化)する一方、所有と経営が一致していれば株価を気にすることなく大胆な戦略をとることが可能で、短期的な業績に目を奪われることなく長期にわたる視点からの経営を行うことができるからだ、といわれています。
良いことずくめのように見えますが、もちろん良い一方ではありません。端的に、創業者が急逝したり暴走したりしたときのことを考えればわかりやすいと思います。創業者の力で成長を続けている会社は、創業者に変調を来したときには実に脆いものです。大胆な戦略とは無謀な戦略と紙一重であり、長期にわたる視点からの経営とは、時が経たなければ結果はわからないということでもあるのです。
スリー・サークル・モデルでは、円が重なり合うところで摩擦や対立が起こりやすいとされています。重なり合いは、それぞれのサークルの利益がぶつかるところでもあり、そこに置かれる人物や組織は利益相反の状況に置かれやすいからです。オーナー企業の創業期には3つの円はほぼ重なり合っていますが、それでも問題が生じない(ように見える)のは、企業が成長期にあり、多少の不協和音をものともしない創業者のリーダーシップによって強力に牽引されているからです。しかし、いずれは成長の安定期に入り、また、創業者から次の世代へと、事業承継の問題が生じることになります。このような変化に伴い、サークルの重なり合いも企業それぞれの特色を反映して大小が生じることになります。
この重なり合いにおける摩擦や対立を放置すれば企業にマイナスの影響を与え、時には不祥事という形で露わになります。ですからその時々に応じて摩擦や対立を整理し、解消することが求められます。それには内部統制の観点が有効であり、とりもなおさず摩擦・対立の整理・解消こそが内部統制の見直しそのものといえます。
2. 成長段階に応じた内部統制の見直しを!
最近では、スリー・サークル・モデルと内部統制を関連付けた研究も行われています(上木恒宏「ファミリービジネスのコーポレートガバナンスと内部統制」日本ガバナンス研究学会第17回年次大会報告)。
内部統制について2013年改訂COSOフレームワークと呼ばれる報告書に沿って簡単に確認しておくと、次のようになります(なお、日本では企業会計審議会という組織においてITや非財務報告に関連した改訂が行われています)。
内部統制とは、「経営者および従業員により整備・実行される、目的達成のプロセス」と定義されます。これはよく、「企業として事業活動を健全かつ効率的に運営するための仕組み」とわかりやすく言い換えられます。そして、その目的は、「①業務の有効性・効率性、②(財務)報告の信頼性、③コンプライアンス」の3つといわれています。
さらに、内部統制のシステムは、「①統制環境、②リスク評価、③統制活動、④情報伝達、⑤モニタリング」の5つの要素から構成されるといわれています。イメージを掴んでいただくために、たとえばコンプライアンス目的に着目し、構成要素に沿って経営者の活動例を挙げると、次のようなものが考えられます。
① 統制環境 企業倫理を確立して全社に浸透させる
② リスク評価 不正の発生可能性を評価する
③ 統制活動 不正の複雑化に対応する
④ 情報伝達 レポーティングラインを整備する
⑤ モニタリング 内部統制の運用状況を評価する
このような内部統制システムは、一度整備すればそれで良いというものではありません。所有と経営の一致から始まり、ファミリーというサブシステムを抱えるオーナー企業やファミリービジネスにおいては、非ファミリービジネスにもまして、成長ステージに合わせて内部統制の体制と活動を見直していくことが求められます。
紅麴を原材料とする食品による健康被害について、当該企業は長年にわたり著名な社外取締役を選任し、内部通報制度も設け、しかも内部通報の利用率は決して低いものではなく、むしろ他社に比して高いものでした。これを内部統制の構成要素から検討すると、社外取締役の設置・活動という統制環境・統制活動が充実し、内部通報という情報伝達が機能し、これらを通じたモニタリング活動も行われていたことを示しています。
そうであるにもかかわらず健康被害の拡大を防げなかった。取締役会に提出された事実検証委員会の報告書を読むと、リスク評価と統制活動が充分でなかったことがわかります。このことは、内部統制の構成要素の1つや2つを満足するだけは足りず、成長ステージのマイルストーン(たとえば、紅麹関連事業の事業譲受時点など)ごとに、構成要素全体について底上げを図っていく重要性を示しています。
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