Netpress 第2218号 中小企業“冬の時代”の採用・賃金戦略 インフレと大退職時代にどう備えるか
1.人材獲得競争に勝つことを目的として、大企業を中心に、初任給や基本給の引き上げが進んでいます。
2.しかし、優秀な従業員たちは、給与水準だけで転職を選んでいるわけではなく、会社が従業員をどう扱っているかが本質的な理由といえます。
3.「人を大切にする」というごく当たり前の人材戦略を進めるだけで、優秀な人が辞めない会社を作れます。
セレクションアンドバリエーション株式会社
代表取締役 平康 慶浩
1.人材獲得競争の激化についていけるか
大企業が初任給を引き上げはじめています。
2021年7月の産労総合研究所の調査によれば、2021年4月にはコロナの影響もあってか、全体の3割の企業しか初任給を引き上げませんでした。
しかし、2022年7月の同調査によれば、2022年4月には、大企業の6割以上が初任給を引き上げています。その理由は「人材確保」であり、「流出防止」。インフレが見込まれる今後、人材獲得競争はさらに激しさを増すでしょう。
メディアでも、著名企業の初任給の引き上げが報道されました。
たとえば、ゲーム業界では、任天堂の初任給23.3万円に対抗して、カプコンが初任給を18.75万円から23.5万円まで一律で引き上げました。
バンダイナムコでも、初任給を23.2万円から29万円に引き上げています。その原資を賞与から持ってくることで、人件費を増やさず、月当たり給与額を増やしたのです。会社としては、賞与変動幅を減らすというリスクをとりました。
『獺祭』で有名な旭酒造は、製造部門の初任給を21万円から30万円に大幅に引き上げました。これは、「基本給倍増計画」に基づく取り組みで、既存社員全員の基本給を5年で2倍にしようとするものです。
これらの変革は、採用の時点から、他社に先駆けて選ばれようとする取り組みです。さらにいえば、採用時点だけではなく、採用後に優秀な人が給与額を理由に転職しないようにするための「総合的な取り組み」でもあります。
かつての初任給引き上げは、どちらかといえば採用時点に限定した、業界横並びでの比較にとどまるものでした。
「他社に見劣りしない初任給を確保しておけば大丈夫。なぜなら入社後の給与額について、上場企業でもなければほぼ公開されていないから」。中小企業ならこれが相場、という社長の言葉を疑う余地はありませんでした。
しかし、人材紹介会社が手掛ける口コミサイトを中心に、たとえ中小企業であっても、月給や賞与、年収の水準が明らかになっています。
初任給だけ他社と同程度にしていても、そのあとの昇給の少なさ、30歳時点や40歳時点の平均年収の低さなどが明るみに出ることで、優秀な人ほど他社に流出してしまう状況になっているのです。
2.人材戦略なくして勝つことはできない時代
インフレの先行きが見えないなか、世界の人材獲得競争が強まり、その波が日本にも訪れています。では、初任給を引き上げないと勝ち目はないのでしょうか?
いえ、決してそんなことはありません。もちろん、同じような働き方で同じような人たちがいる組織であれば、給与額が高いほうが好まれるでしょう。けれども、人が職場に求めているのは、給与額「だけ」ではないのです。
たとえば、今アメリカで起きている「大退職時代(The Great Resignation)」という、自発的退職者の増加傾向をご存じでしょうか。
具体的には、2021年にアメリカでは4,700万人の労働者が退職しました。アメリカの人口が3.3億人ですから、およそ14%の人が1年の間に会社を辞めたのです。そして、この傾向は今後も続く可能性が高いといわれています。
彼らの離職理由は、一部に報酬額はあるものの、本質的な理由は異なっています。
まず、報酬額の低さについても、低いだけではなく、増えないことが原因です。慢性的な低賃金の状況は、そもそも儲かっていないビジネスだからです。
さらに、退職者の多くは「燃え尽き症候群」によって退職を選んだことがわかっています。「働いている自分の価値を認めてもらえない」「コロナがまん延するなかでもリアル出勤、対面労働を強要される」「柔軟な働き方がない」・・・。経営者が労働者の状況に興味を持たず、環境が変わっても何も変えようとしない場合に、離職を選んでいるのです。
また、より多くの人が、転職先に魅力を感じて会社を辞めています。その魅力とは、給与水準ではないのです。今の職場よりも大事にしてもらえる。よりよい扱いを受けられる。そう感じているからこそ、転職を選んでいます。
採用するだけではなく、辞めないような状況を作るため、自社の社員にどのように接するかを定める「人材戦略」が必要なのです。
3.最初にできる人材戦略は「人を大切にする方針」
人材戦略というと大上段に構えてしまうかもしれませんが、その本質は、従業員をどのように扱うかという基本方針を決めることです。そこでお勧めしたいのは、「従業員を大切にする」という当たり前のことです。
多くの新卒が3年以内に会社を辞めている理由は、「存在を認められなかった」「貢献できていなかった」「成長できなかった」というものです。そのための働きかけが会社側からなかった、というわけです。
たとえば、上司が日々のコミュニケーションをしっかりとるだけで、存在を認めることもできますし、貢献実感を与えることもできるでしょう。しかし、多くの会社の上司はプレイング状態で、部下と対話する時間を持てていないのではないでしょうか。
先輩や上司が活躍している職場なら、自分もそう成長できるという実感がわいてくるでしょう。愚痴しか言わない上司についていこうとする部下はいません。優秀な先輩から辞めていく会社に残ろうとする人もいません。
皆さんの会社に、「存在承認」「貢献実感」「成長予感」はあるでしょうか? ぜひ、この機会に考えてみてください。
そのうえで、賃金戦略について一つ、具体的な改善案をお勧めします。
それは、年収における賞与比率を下げることです。たとえば、年に4か月分の賞与を支払っているのなら、2か月分は月給に割り戻すなど。仮に20万円の月給なら、2か月分だと40万円なので、月給額を3万円超引き上げられます。
会社にとっては、変動費としての賞与バッファが減ることになりますが、従業員に示せるメッセージ性は絶大です。まず、そこから考えてみてください。
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