反怖謙一の「ABC」通信 偉人を偉人たらしめるもの
かつて“国民教育の師父”と呼ばれた教育者の森信三氏によれば、偉大な人間かどうかを見分けるポイントは、「自分のやりたいことはすぐにやる」「夢中になる」「最後までやり抜く」ことだそうです(森信三『修身教授録』、致知出版社)。日本電産株式会社の創業者である永守重信氏も「すぐやる、必ずやる、できるまでやる」をモットーに、何事にも徹底的に取り組む姿勢を強調されています。世の中の偉人と言われる人たちの共通点は、十のものを十として全うするまでは決して諦めない、にじり寄るような粘り腰、粘りに粘る力にあるように思います。
人間が一つの仕事を始めてから、それを仕上げるまでには、だいたい三度くらいの危険ゾーンをくぐり抜けなければならないと言われます。まずは、全体の3割から3割5分くらいをやったところで、飽き性の人や、それほどやる気のない人の場合には勢いが急激に鈍化します。この第一関門を突破するのに必要なのが“意志力”です。この第一関門を突破すると、当分はその勢いで仕事は進んでいきます。ところが6割から6割5分くらいになると、へたってきます。そして今度のへたりはひどいのが常で、心身ともに疲れてくるので、多くの人がここで止まってしまいます。これが第二関門です。ここから立ち上がるためには、意志力よりも“根気”が必要です。
この根気を出して第二関門を越えた後は、かなりの疲れから、もち堪(こた)えているという程度の力しか出しにくいのが普通です。とにかくへたりこまずに、何とか頑張りを維持していきます。しかしながら8割程度まで到達するとますます疲れがひどくなり、どうしてもひと息つきたくなります。ここが第三関門です。富士登山で言えば「胸突き八丁」、頂上まで八丁(約872m)の険しい道です(かつて、初めて富士登山した際、やっと登りきったと思ったら、目の前に急に現れたもう一つの富士山。愕然として疲労が一気に襲ってきたのを、今でも鮮明に覚えています)。
最後の目標たる山頂は、眼前まで近づいていながら、心身ともに疲れ果て、いたずらに気持ちばかりが焦って、進みはすこぶる鈍い。もはやエネルギーの一滴も残っていない中、勇猛心を振り絞り、足だけでなく手も使って這い登るように必死に“にじり寄っていく”。まさに「粘り」です。この粘りこそが、仕事を完成させるための最後の秘訣であり、同時に人間の偉大さが生まれる土壇場での決まり手です。
100人中99人が投げ出す中、ただ一人、最後に勝利を得る偉人たる決定打、それこそが粘りに粘り抜く力なのです。スポーツ界はもとより、各界の偉人と呼ばれる人たちのドキュメンタリーを見るたびに、人知れぬ過酷な粘りの末に数々の栄光に浴する、まるで年中、富士登山を黙々と繰り返すような姿に、偉大さを心から感じる次第です。
ここで一句。「見ればただ なんの苦もなき 水鳥の 足に暇なき 我が思いかな※」(水戸光圀〈みつくに〉)。水鳥も偉大です。
※優雅に泳いで見える水鳥も、水面下では休まず足を動かしている。他人から見れば苦労していないように見えても、その裏には人知れない努力が隠れている。
◎「SMBCマネジメント+」2022年9月号掲載記事
プロフィール
三井住友銀行 人事部研修所 顧問(元・陸上自衛隊 陸将 第1師団長) 反怖 謙一
(たんぷ・けんいち)1979年、陸上自衛隊幹部候補生として入校。東部方面総監部防衛部長、陸上自衛隊研究本部総合研究部長、北部方面総監部幕僚長 兼 札幌駐屯地司令、陸将 第1師団長等を歴任。2014年に陸上自衛隊退官後、現職。