反怖謙一の「ABC」通信 熱意という名の原動力
松下幸之助氏の言葉に「経営のコツここなりと気づいた価値は百万両※」というものがあります。コツとは、物事をするための大切なポイント、要領、勘所を言い、古今東西の著名な経営者により、さまざまな観点から教示されているところです。
ところで、経営のコツの第一は、何と言っても「経営者自身の熱意」ではないかと思います。当然のことながら、会社内のトップである経営者が熱意において、部下の誰にも負けてはならないのが道理です。組織内の誰にも負けない熱意、使命感、職務遂行意識、責任感の強さは経営者の経営者たる所以であり、たとえ知識や技能、体力で部下に後れを取ったとしても、職務に対する熱意では部下の誰にも負けてはなりません。
特に、過酷で絶望的な場面であるほど、任務達成の最後の砦は経営者の熱意、会社の長たる者の一念にかかっています。
ほとばしるような熱意があってこそ、才能ある部下に「あの人の熱意だけには敵わない、頭が下がる」との思いを抱かせ、トップと同じ当事者意識をもった熱い仕事ぶりに向かわせるのです。
そもそも熱意とは、人間の内部に生まれる感情そのものであり、世の中の立派で偉大な仕事は、すべて熱意の勝利と言っても過言ではありません。熱意の核心とは、それが周囲に伝染し、周囲の人々をも前向きに反応させるところにあります。熱意の重要性は、能力の高さや勤勉さに匹敵するものと言えるでしょう。
自分の内に達成すべき重要な目標や追求する志、いわゆる動機づけがある場合、それが着火剤となり、自身の内面に充満するやる気や元気、活力、気力といった、まるで可燃性のガスのようなものに着火します。するとそこで“ボンッ”と燃え上がり、熱意という名の原動力、パワーが誕生し、この力によってさまざまな働きが実現するのです。
ゆえに、知識が乏しく、能力が十分でなくとも、何とかしてこの仕事をやり遂げよう、何としてでもこの仕事をやり遂げたい、という熱意にあふれていたならば、自ずとそこにはいい仕事が生まれてきます。たとえ、その人自身の手で達成できなかったとしても、その人の熱意が見えない力となって自然と周囲の人たちを引きつけるでしょう。まるで見えない磁力が自然と鉄を引きつけるように、思わぬ加勢を引き寄せ、やがて目に見えない存在までが味方となって、ことは成就していくのです。
熱意で心が躍っている人、ワクワク感で熱中して楽しんでいる人は、傍から見ればずいぶん疲れるだろうと思うことも、本人自身はむしろ爽快さを覚えているものです。疲れていても、不思議とそれを疲れと感じないどころか、病気さえも逃げていき、実に健康そのものです。
命がけの熱意あふれる仕事を通じ、生死を賭した本気の決断を積み重ねた経営者には、本当の自信が備わります。その逞しく雄々しい姿に心打たれた部下が、経営者への忠誠心や愛社精神を支え、会社の発展と永続に力を尽くしてくれます。経営者自身の熱意こそ、経営の第一のコツなのです。
※ 『経営のコツここなりと気づいた価値は百万両』松下幸之助、PHP文庫、2001年
◎「SMBCマネジメント+」2022年7月号掲載記事
プロフィール
三井住友銀行 人事部研修所 顧問(元・陸上自衛隊 陸将 第1師団長) 反怖 謙一
(たんぷ・けんいち)1979年、陸上自衛隊幹部候補生として入校。東部方面総監部防衛部長、陸上自衛隊研究本部総合研究部長、北部方面総監部幕僚長 兼 札幌駐屯地司令、陸将 第1師団長等を歴任。2014年に陸上自衛隊退官後、現職。